ムールマンスク (軽巡洋艦・2代)

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ムールマンスク
Мурманск
艦歴
起工 1953年1月28日 第402造船工場
進水 1955年4月24日
竣工 1955年9月22日
所属 Naval Ensign of the Soviet Union.svg ソ連海軍北方艦隊
Naval Ensign of Russia.svg ロシア海軍北方艦隊
除籍 1992年7月3日
要目
艦種 軽巡洋艦
艦型 68-bis号計画型
工場番号 302
排水量 満載排水量 16300 t
基準排水量 14700 t
全長 210 m
205 m(水線長)
全幅 22 m
21.2 m(水線長)
喫水 6.9 m
機関 TV-7蒸気タービン機関 2 基
KV68型重油専焼 6 基
出力 118000 hp
86800 kWt
スクリュー(直径4.58 m) 2 基
速力 最大速度 33.1 kn
巡航速度 16 kn
航続距離 9000 /16 kn
8700 浬/18 kn
乗員 1270 名
武装 152 mm3連装MK-5-bis 4 基
100 mm連装高角砲SM-5-1bis 6 基
37 mm連装機関砲V-11M 16 基
533 mm5連装魚雷発射管PTA-53-68-bis 2 基
1908年式機雷 132 個[1]
1926年式機雷 76 個[1]
「クラープ」型機雷 68 個[1]
情報処理装置 戦闘情報管制装置「ズヴェノー」 1 基
レーダー 両用捜索レーダー「ギューイス2」 1 基
水上捜索レーダー「リーフ」 1 基
ソナー 水中ソナー「タミル」 1 基
射撃管制装置 対水上管制装置「ザールプ」 2 基
両用管制装置「ヤーコリ」(SPN-500の一部) 2 基
魚雷発射管管制装置「ザリャー」 1 基
測距儀 対水上火砲用測距装置KDP2-8-III 2 基
両用測距装置SPN-500 2 基
センサー 温度探知機「ソーンツェ1」 1 基
識別装置 対空電波識別装置「ファーケルMO」 1 基
装甲 舷側 100 mm
甲板 50 mm
砲塔 175 mm
司令塔 130 mm
脚注
  1. ^ a b c 機雷は、1908年式、1926年式、「クラープ」のいずれかを搭載した際の最大積載数。

ムールマンスク(ロシア語:Мурманскムールマンスク)は、ソ連で建造された軽巡洋艦(Легкий крейсер)である。ロシアの都市ムールマンスクに因む艦名は、先代のオマハ級軽巡洋艦から受け継がれた。

概要[編集]

建造[編集]

ムールマンスクは、68-bis型軽巡洋艦の14番艦として計画された。1953年1月28日セヴェロドヴィンスク第402造船工場で起工、9月25日にはソ連海軍に編入された。1955年4月24日には進水1955年9月22日に竣工した。北方艦隊に配備され、軍艦旗を掲げたのは10月6日であった。

活動[編集]

1962年2月には、第6(ミサイル)分艦隊に配属された。1964年10月17日から21日にかけては、ノルウェートロンハイムを訪問した。1978年5月10日から14日にかけては、フランスボルドーを訪問した。

1970年には、ムールマンスクはいくつもの大きな任務を担った。4月8日スペイン沖で原子力潜水艦K-8が遭難すると、ムールマンスクはこれの救難活動に当たった。73 名の救出に成功したものの艦は沈没、多数の命が失われた。

4月から5月にかけて実施された軍事演習「オケアン」に参加し、北方艦隊の海軍大将セミョーン・ローボフの指揮下、ムールマンスクは北海のソ連艦隊の旗艦を務めた。

この年11月1日から翌1971年7月31日にかけては戦域となっている中東地域に派遣され、消耗戦争に関してイスラエル休戦したばかりのエジプトに対する軍事的支援を行った。

改装[編集]

1972年1月28日から1973年11月30日にかけては、セヴァストーポリセヴモルザヴォートオーバーホールを受けた。1988年から1989年にかけて実施された改修工事により、ムールマンスクは統制巡洋艦となった。この工事には、2400万ルーブリの費用がかけられた。

しかし、それにも拘らず1989年12月1日には戦列から除外され、コラ半島の停泊地にてモスボール状態に入れられた。その間にソ連は解体し、ムールマンスクもロシア海軍の管轄下に移った。

廃墟[編集]

1992年7月3日には武装解除され海軍より除籍された。艦を解体して売却することにより、海軍は資金を得る予定であった。そのため、12月31日には乗員は解散され、艦は1994年インドの民間会社へ解体のため売却された。

しかし、その途中で曳航索が切れ、漂流、座礁し、曳航が放棄された。艦はノルウェーのハスヴィク沿岸に置き去りにされ、環境汚染の恐れも指摘されているが、廃墟と化した巡洋艦はちょっとした観光スポットとなっており、2006年現在上部構造がまだ水上から確認できる。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]