ムーキー・ウィルソン

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ムーキー・ウィルソン
Mookie Wilson
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 サウスカロライナ州バンバーグ
生年月日 1956年2月9日(58歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
170 lb =約77.1 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 外野手
プロ入り 1977年 ドラフト2巡目でニューヨーク・メッツから指名
初出場 1980年9月2日
最終出場 1991年10月6日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • ニューヨーク・メッツ (1996 - 2002, 2011)

ムーキー・ウィルソンWilliam Hayward "Mookie" Wilson , 1956年2月9日 - )はMLBで活躍した野球選手。(外野手。主に中堅手)。右投両打。アメリカ合衆国サウスカロライナ州バンバーグ出身。 元メジャーリーガープレストン・ウィルソンの継父(血縁上は叔父)[1]である。

人物・来歴[編集]

サウスカロライナ大学に進学し、活躍。ニューヨーク・メッツに入団し、1980年9月2日にメジャーデビューを果たす。 50日間に及ぶストライキのためシーズンが中断・短縮された1981年には早くもレギュラーに定着し、その年は92試合の出場で打率.271、3本塁打、14打点、24盗塁。 背番号は「1」で、俊足・好打の「一番・センター」で活躍し、本拠地シェイ・スタジアムでは打席に入るたびに「Mooooo-kie」とファンが絶叫するような人気選手となった。

1982年は159試合で打率.279、自己最多の58盗塁を記録。 肩が弱いこと、一番打者にしては三振が多く出塁率がやや低いことも影響して、1985年以後はレニー・ダイクストラとのプラトーン・システムとなったが、ほぼ毎年100試合以上には出場。 デーブ・ジョンソン監督がコンピューターを駆使して各選手の特徴を把握して起用した分、質の高い活躍をし、1986年から1988年までは規定打席には満たないものの2割9分台を記録。

1986年にメッツは108勝54敗の圧倒的な勝率でナ・リーグ東地区を制し、ヒューストン・アストロズとのリーグチャンピオンシップシリーズも制してワールドシリーズに進出。 ボストン・レッドソックスとのワールドシリーズ第6戦は、メジャーの歴史に残る一戦となった。10回表にメッツは2点のリードを奪われるが、10回裏、2死走者なしから1点を返し、さらに一・三塁としてウィルソンが打席に入る。ウィルソンは追い込まれながらもファウルで粘り、7球目が暴投となって同点に追いつく。10球目を打ってファーストゴロとなったが、レッドソックスの一塁手ビル・バックナー痛恨のトンネルエラーを喫し、メッツがサヨナラ勝ちを収めた。 勢いに乗ったメッツは続く第7戦も逆転勝ちし、チーム史上2度目のワールドチャンピオンに輝いた。

その後も前述のように活躍したが、1989年は開幕から打率2割前後の打撃不振。シーズン途中に、ダイクストラとの交換でホワン・サミュエルが移籍加入してセンターを守ったこともあり、同年8月1日に2選手との交換トレードトロント・ブルージェイズに移籍。 その時点での打率は.205であったが、ブルージェイズ移籍後は打率.298の活躍でチームを地区優勝に導く。 リーグチャンピオンシップシリーズではオークランド・アスレチックスに敗れ、ワールドシリーズ出場はならなかった。

1991年までブルージェイズでプレイして現役を引退。メッツ時代に記録した281盗塁と三塁打62はいずれもメッツの球団記録となっている(2007年終了時点)。引退後、1996年にメッツの殿堂入りを果たす。同年、ニューヨークマーシー大学で学士号を取得している。

1996年から2002年までと2011年にメッツの一塁コーチを務める。 1999年には大型トレーラー・トラックの運転免許を取得し、オフシーズンに貨物輸送のアルバイトもしている。 2005年にはメッツ傘下のA級ブルックリン・サイクロンズの監督を務めた。

年度別打撃成績[編集]

球団 試合 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 打点 塁打 四球 三振 盗塁 打率
1980年 NYM 27 105 16 26 5 3 0 4 37 12 19 7 .248
1981年 NYM 92 328 49 89 8 8 3 14 122 20 59 24 .271
1982年 NYM 159 639 90 178 25 9 5 55 236 32 102 58 .279
1983年 NYM 152 638 91 176 25 6 7 51 234 18 103 54 .276
1984年 NYM 154 587 88 162 28 10 10 54 240 26 90 46 .276
1985年 NYM 93 337 56 93 16 8 6 26 143 28 52 24 .276
1986年 NYM 123 381 61 110 17 5 9 45 164 32 72 25 .289
1987年 NYM 124 385 58 115 19 7 9 34 175 35 85 21 .299
1988年 NYM 112 378 61 112 17 5 8 41 163 27 63 15 .296
1989年 NYM/TOR 134 487 54 122 19 2 5 35 160 13 84 19 .251
1990年 TOR 147 588 81 156 36 4 3 51 209 31 102 23 .265
1991年 TOR 86 241 26 58 12 4 2 28 84 8 35 11 .241
通算 12年 1403 5094 731 1397 227 71 67 438 1967 282 866 327 .274

脚注[編集]

  1. ^ プレストン・ウィルソンの母がムーキーの兄と結婚してプレストンを産んだ後、ムーキーと再婚したためこのような家族関係となった。

外部リンク[編集]