ムッジャ

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ムッジャ
Muggia
ムッジャの風景
行政
イタリアの旗 イタリア
Friuli-Venezia Giulia-Flag.png フリウーリ=ヴェネツィア・ジュリア
Italy.Province.Trieste.COA.png トリエステ
CAP(郵便番号) 34015
市外局番 040
ISTATコード 032003
識別コード F795
分離集落 Aquilinia (Žavlje), Belpoggio (Beloglav), Chiampore, Farnei, Lazzaretto-San Bartolomeo (Sveti Jernej), Rabuiese, Santa Barbara (Korošci), Vignano, Zindis
隣接コムーネ カポディストリア (コペル) (SLO)、 サン・ドルリーゴ・デッラ・ヴァッレトリエステ
公式サイト www.comune.muggia.ts.it
人口
人口 13,410 人[1] (2010年12月31日)
人口密度 981 人/km2
文化
住民の呼称 muggesani
守護聖人 Santi Giovanni e Paolo
祝祭日 6月26日
地理
座標 北緯45度36分0秒 東経13度46分0秒 / 北緯45.6度 東経13.76667度 / 45.6; 13.76667座標: 北緯45度36分0秒 東経13度46分0秒 / 北緯45.6度 東経13.76667度 / 45.6; 13.76667
標高 海抜 3 m
面積 13 km2
ムッジャの位置
ムッジャの位置
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ムッジャMuggia)は、イタリア共和国フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州トリエステ県にある、人口約1万3000人の基礎自治体コムーネ)。

目次

[編集] 地理

県内におけるコムーネの領域

トリエステの南、トリエステ湾の入り江を挟んだ海岸に位置する。北と西を海に面した東西に長いコムーネは7km以上の海岸線を持ち、海沿いに道路が走る。内陸には丘陵が広がる。

町の東部には、トリエステから南下する国道SS15が走り、スロベニア国境を越えてコペル(イタリア名:カポディストリア)の町に通じている。

[編集] 歴史

[編集] 古代

ムッジャの地には、紀元前7世紀~紀元前8世紀頃に砦が建てられた。紀元前178年から177年にかけて、この地を征服したローマ人は、Castrum Muglae という集落を作った。

西ローマ帝国の崩壊後、この地は東ゴート王国ランゴバルド王国東ローマ帝国アヴァール人フランク王国などの統治を受け、931年にイタリア王ウーゴ (Hugh of Italyによりアクイレイアの総大司教に寄進されてその司教領の一部となった。

[編集] 中世・近代

現在のムッジャの中心集落は、13世紀に作られた。現在見られる聖堂や市庁舎はその後の時代の再建を受けているが、その最初の施設はこの時代に建設されたものである。1420年にはヴェネツィア共和国の統治下に入った。

1797年のヴェネツィア共和国滅亡後は、ハプスブルク君主国オーストリア帝国)領となり、工業・造船の都市として発展した。第一次世界大戦後はイタリア王国の領土となった。

[編集] 第二次世界大戦後

第二次世界大戦後は、トリエステ自由地域の一部となった。

1954年、トリエステ自由地域が解消され、イタリアに編入された。イタリア王国時代にイストリア県に所属していた町村の中で唯一イタリア領に残ったコムーネである。

[編集] 社会

[編集] 人口

[編集] 行政

  • 代表(Sindaco) : Lorenzo Gasperini(2001年06月10日選出)
  • コムーネの代表電話 : 040 3360 111
  • コムーネの電子メールアドレス : urp@com-muggia.regione.fvg.it
  • Fax: 040 330202
  • 庁舎所在地: piazza Marconi 1

[編集] 交通

[編集] 道路

[編集] 国道

[編集] 文化・観光・施設

ムッジャのパノラマ

[編集] 姉妹都市

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[編集] 外部リンク

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