ミレナ・ヴコティッチ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
モンテネグロ王妃ミレナ

ミレナ・ヴコティッチМилена Вукотић, 1847年5月4日 - 1923年3月16日)は、モンテネグロ王ニコラ1世の妃。

ペータル・ヴコティッチ公とその妻のイェレナ・ヴォイヴォディッチの娘として生まれ、1860年11月8日にわずか13歳で、ツェティニェにおいて19歳のモンテネグロ公ニコラ1世と結婚した。この結婚は、ヴコティッチ家とペトロヴィチ=ニェゴシュ家の友誼を結ぶためになされた政略結婚だった。1910年、夫が王号を称するに伴い王妃となった。1918年にモンテネグロ王国セルビア王国に併合されるに伴い、王家の人々とともに国外に逃れた。夫の死の2年後、1923年にフランスのアンティーブで没し、イタリアのサンレーモに葬られた。

子女[編集]

夫との間に12人の子女をもうけ、娘たちの何人かは諸外国の王家に嫁いだ。

関連項目[編集]

  • ミレーナ - イタリア・シチリア州の町。ミレナ・ヴコティッチにちなむ。