ミルトン・バビット

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ミルトン・バビットMilton Babbitt, 1916年5月10日 - 2011年1月29日[1])はアメリカ合衆国の作曲家。ペンシルベニア州フィラデルフィア出身。

略歴[編集]

最初はペンシルベニア大学数学を専攻するが、後にニューヨーク大学に転校して音楽を学んだ。修士号はプリンストン大学で得ており、このときにはロジャー・セッションズに師事した。

十二音技法を彼なりに拡張したセリー技法を発明したことが名高く、トータル・セリエリズムの生みの親といわれる。1947年に作曲した「ピアノのための3つのコンポジション」はブーレーズメシアンホイバールツに先駆けたセリー技法の作品である。バビット最大の発明である素材を全て比率で制御する「セリー技法」は、なぜかアメリカでは開花せず、ヨーロッパで開花した。その後バビットは「ピッチ・クラス・セット理論」を開発して、12音列の過度な組織化に向かう。

彼はこの後もピアノのための「ポスト・パーティションズ」やオーケストラのための「レラータI」などで極端に複雑な「タイムポイントテクニック」を駆使した作曲を試みるが、演奏の困難さを理由にRCAシンセサイザーによる作曲に移行した。1973年、ジュリアード学院教授就任。

1980年代以降はアメリカの演奏家のレベルアップに伴い、以前の困難な作風を難なくこなせるロバート・タウブのような演奏家が現れ、通常のクラシカルな編成の委嘱も舞い込むようになった。以後シンセサイザーは使っていない。晩年も作曲ペースは遅かったが、1年に1〜2作ほどの作曲は続けていた。

2011年1月29日ニュージャージー州プリンストンで逝去。

出典[編集]

  1. ^ “Milton Babbitt, a Composer Who Gloried in Complexity, Dies at 94”. ニューヨーク・タイムズ. (2011年1月29日). http://www.nytimes.com/2011/01/30/arts/music/30babbitt.html?_r=1&ref=obituaries 2011年1月31日閲覧。 (英語)