ミラクルひかる

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ミラクルひかる1980年4月9日 - )は、兵庫県豊岡市出身のものまねタレントである。アヴィラ所属。

宇多田ヒカルのものまねで知られる。元美容師血液型A型。スリーサイズB85W65H90。足のサイズ24.5cm。豊岡市立五荘小学校卒業。豊岡市立豊岡北中学校卒業。兵庫県立豊岡実業高等学校(現:兵庫県立豊岡総合高等学校)卒業。

誕生日について、2007年4月10日12:31:44付で39歳になったと語っている[1]。また、無料動画サイト「GyaO」水曜日ジョッキー「くるくるミラクル」[2]でも第2回放送の番宣に「(上略)ミラクルだから・・・永遠の39歳かな!?」と書いている。一方、「広報とよおか」に平成18年1月時点で25歳との表記があり、selfishのHPのスタッフプロフィールに誕 生 日4月9日と表記されている。

目次

[編集] ものまねレパートリー

[編集] ミラクルひかると宇多田ヒカル

  • ブログ等で宇多田ヒカルの大ファンを自認している。
  • 宇多田本人の公認「そっくりさん」で、気に入っている。ライブのMCでもミラクルについて言及したことがある。
  • シングル「Keep Tryin'」のプロモーションビデオに、エキストラとして出演経験がある。
  • 全国ツアー「UTADA UNITED 2006」のさいたまスーパーアリーナ公演の控え室で宇多田本人と交流。父親の宇多田照實に「あなたは(もう一人の)娘のようなものです」と言われた上、「大ファンです!」とまで言ってもらえたらしい(この時の写真を宇多田ヒカルが自身のメッセMassage from Utada Hikaru/Utadaにアップしている)。
  • くるくるミラクルでは、ものまね大喜利で視聴者からお題を募り、ミラクルひかるがそれに対するボケるコーナーが人気を博している。このコーナーから新たなものまねレパートリーを開拓しつつある。(例:亀田興毅
  • 2007年2月26日放送の「HEY!HEY!HEY!」で宇多田ヒカルと共演。本人を前に、バックダンサーを従え、ミラクルの十八番(?)である「Traveling」を披露。また、「もしも宇多田ヒカルが電車の車掌だったら」という芸を披露した所、ゲストの唐沢寿明がキレた(オチをつけた)。 これに宇多田本人は大笑いしていた(ちなみに、その時の唐沢は丸刈りだった)。この時の裏話を自身のレギュラー番組くるくるミラクルで話している。

[編集] 出演番組

[編集] テレビ

[編集] インターネット

[編集] ラジオ

[編集] 紹介番組

毎日放送(MBS)の情報番組『ちちんぷいぷい』の”今日のダレ?”で紹介されたが、それ以前にも地元(兵庫県豊岡市)のコミュニティFMFMジャングル」の番組『シャルウィートーク』(既に終了)で紹介された。

[編集] 活動・活躍

  • 新生「豊岡市」合併後初となる2006年(平成18年)1月の成人式で余興を勤めた。
豊岡市の広報誌『広報とよおか第19号(平成18年1月25日号)』にインタビュー付きで掲載。バックナンバーは豊岡市ホームページで閲覧可能(PDFファイル)。
  • 地元関西や地方営業を中心に活動しているが、近年、在京テレビ局などでも出演するなど、活動の場所を着実に広げている。
  • 2006年母校である豊岡北中学校で「人権教育講演会」と称したライブを開催校長が在校生に笑うように言ったり校長室でのメイク・自分の恩師がいたり、自分が通っていたころとは比べ物にならない様なおとなしさにかなりやりにくい雰囲気だった。このことは、本人のブログでも語っている。本人のその時のブログ
  • 上京したきっかけは、(カリスマ)美容師になるためだったと語っている。また、その後にエステティシャンをしていたことも明らかにしている。
  • 2008年1月23日に、ミニアルバム「Miracle 1」で歌手デビューを果たす。収録曲8曲中、4曲の作詞・作曲は本人が手がけた。
  • デビュー当初はジンセイプロに所属していたが、2009年4月13日付けでアヴィラに移籍した。 

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 「ミラクルひかるto愉快な仲間たちbyJINSEI PRO」
  2. ^ くるくるミラクル


[編集] 外部リンク

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