ミューレン

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ミューレン
ミューレンのNiedenmatten(道路)からギンメルヴァルトの眺め

ミューレンドイツ語: Mürren)は、スイスベルナー・オーバーラントにある伝統的なウァルザーの山村であり、海抜1,650 m (5,413 ft.)。公道は通じていない。年間通じて観光客が訪れ、村の周囲に聳えるアイガーメンヒユングフラウの3つの山の視界が有名である。村の人口は450人で、2,000人分の宿泊施設がある。

ミューレンには独自の学校、2つの教会(1つは改革派教会、もう1つはカトリック教会)がある。

交通[編集]

ラウターブルンネン=ミューレン山岳鉄道の終着駅であるミューレン駅

ラウターブルンネン・シュテッヘルベルク=ミューレン=シルトホルン(LSMS)として知られる4つの連続したケーブルカーは、ミューレンから坂を下りギンメルヴァルトシュテッヘルベルク、坂を上ってシルトホルン頂上回転レストランピッツ・グロリアを結ぶ。これは、1969年にリリースされたジェームズ・ボンド女王陛下の007』の主要なロケ地となった。この中でボンド(ジョージ・レーゼンビー)は、エルンスト・スタヴロ・ブロフェルドテリー・サバラス)の本拠地からうまく逃れ、彼のガールフレンド・トレーシーダイアナ・リグ)の運転する車に乗ったブロフェルドの部下からも逃げ切った。ミューレンとシュテッヘルベルクを直接結ぶケーブルカーもあるが、これは貨物輸送専用である。ミューレンはまた、ラウターブルンネン=ミューレン山岳鉄道によってラウターブルンネンとも結ばれる。これは、狭軌鉄道と接続するロープウェイによって構成されている。アルメントハベルバーンケーブルカーの下の駅でもある。

レクリエーション[編集]

シルトホルン

ミューレンには、14のスキー・リフト(6つのケーブルカー、7つのチェア・リフト、3つの鉄道、2つのドラッグ・リフト)の付いた全長52 km (32 mi.) のスキーコースがある。コースから外れたスキーも可能だが、ガイドが時々必要となる。スキーもできるが、そりも人気である。ミューレンからギンメルヴァルト(ギンメルヴァルトの短い小道を通り、ケーブルカーでミューレンに帰ることができる)、ハイキングとそりのために利用されるギンメルンまでの道を含む、そりに使用される多くの小道が存在する。「ボブラン」(ボブスレーのコース)もそりやハイキングに使用され、スキー学校によってスキーのコースとしても使用される。

村内には、25mのスイミングプール、テニスコート、体育館のある大きなスポーツセンターが存在する。ここには、テニスコートと、カーリングに使用されるスケートリンクがある。テニスコートは夏の数ヶ月間、ミニゴルフ場となる。スポーツシャレーの近くにもテニスコートがある。

政治[編集]

ミューレンは、ベルン州のインターラーケン地区に位置し、ウェンゲンイーゼンフルーギンメルヴァルトシュテッヘルベルクラウターブルンネンとラウターブルンネン行政区に入っている。教区は谷の全てをカバーしている。

ホテル[編集]

ミューレンには、ホテル・アルピナ、ホテル・アルペンルー、ホテル・エーデルワイス、ホテル・アルペンブリック、ホテル、ユングフラウ、ホテル・ブルメンタール、アイガー・ゲストハウス、アイガー・スイス・クオリティ・ホテル、スポーツシャレー、ホテル・レジーナを含む多くのホテルが存在する。

歴史[編集]

ミューレンの道

ミューレンはもともと農村である。しかし、一年中観光客が訪れるようになり、大きさが増し豊かになった。冬に最初の英国人観光客が訪れた1911年以来、観光とウィンタースポーツはミューレンの歴史において重要なものとなっている。1924年には、カンダハル・スキー・クラブがサー・アーノルド・ランと他8人の英国人スキーヤーによって設立された。このクラブは、1911年のカンダハル・チャレンジ・カップのロバーツから名をとっている。この世界のダウンヒル・スキー・レースの上級チャレンジ・カップは、ロバーツ卿によって行われた。彼は、第二次アングロ=アフガン戦争カンダハルの戦いで決定的な勝利を収めた[1]

1928年にはインフェルノ・スキーレースが設立され、今日まで続いている。国際インフェルノ・レースは、回転やダウンヒルを含む長さ(15.8 km, 9.8 mi.)の世界最長・最大のクロス・カントリー・スキーレースである[2]

出典[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯46度33分34秒 東経7度53分32秒 / 北緯46.55944度 東経7.89222度 / 46.55944; 7.89222