ミュンヘン

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ミュンヒェン から転送)


市章 地図
Wappen München Deutschlandkarte, Position von München hervorgehoben
基本情報
所属州: バイエルン州
所属行政地域: オーバーバイエルン行政管区
所属郡: ミュンヘン市
面積: 310.43km²
人口: 135万6594人(2008年7月)
人口密度: 4,370人/km²
標高: 海抜530m
郵便番号: 80000 – 81929(旧: 8000)
市外局番: 089
緯度経度: 北緯4814
東経11度57分
ナンバープレート: M
市コード: 09 1 62 000
行政区域: 25町
市役所所在地: Marienplatz 8
80331 München
Germany
公式ページ: www.muenchen.de
電子メール: presseamt@muenchen.de
市政
市長: クリスティアン・ウーデ
ドイツ社会民主党
市議会会派: ドイツ社会民主党
ドイツ緑の党
ロザ・リステ・ミュンヘン

ミュンヘン(München)は、ドイツ南部の都市で、バイエルン州州都である。ヨーロッパ有数の世界都市。ミュンヘンという名は僧院(ドイツ語で僧を表す「メンヒ」が由来)という意味。漢字表記は「民顕」。"che"の部分の無声硬口蓋摩擦音[ç]の音写を表すために、[hə]/[xə]の発音を示す「ヘ」ではなく、[çə]の発音を示す「ヒェ」を用い、”ミュンヒェン”とも表記される。また""の発音は正確には「ミュ」ではなく、[mʏ]である([ʊ]の形に唇を開き、[ɪ]と発音した音に近い)。

バイエルン・オーストリア語ではMinga、さらにそのミュンヘン方言ではMünchnと呼ばれる。

英語仏語などではMunichと綴られ(発音はミュニック)、イタリア語ではMonaco(モナコ公国との区別のために、「バイエルンの」という意味の語をつけてMonaco di Baviera、モナコ・ディ・バヴィエラ)と呼ばれる。

ミュンヘン

目次

[編集] 概要

市庁舎

面積は310km2、人口は約135万人。名実共に、ベルリン特別市ハンブルク特別市に次ぐドイツ第3の都市で、特別市(一市単独で州を構成する)を除けば最大の人口である。

地方分権傾向の強いドイツ国内ではあるが、バイエルン州では、ミュンヘンと、ミュンヘン以外の都市との規模の差が大きい。このため、ミュンヘンは州規模でもプライメイトシティ(一極集中型都市)となっている。

失業率は他都市と比べ相対的に低く、警察のモラルも高いためか、ドイツ国内でも1、2を争うほど治安が良い。各種インフラも整備されており、人事コンサルティングのマーサー・ヒューマン・リソース・コンサルティング社による「世界で海外駐在員が最も住みやすい都市」サーベイで2006年は8位に選ばれている。

ザルツブルクインスブルック及びドイツとイタリアを結ぶ交通の要衝であり、ヴィッテルスバッハ家の宮廷都市として栄えた。ドイツのみならずヨーロッパ文化の中心地の一つである。

ミュンヘンの中心地マリエン広場には新市庁舎(新といっても建築後約100年が経過している)がある。そこにあるのがドイツ最大の仕掛け時計。11時と12時(夏季17時)にはほぼ人間の大きさの人形32体と鐘で結婚式を再現している。また、王宮(レジデンツ)に併設されているバイエルン州立歌劇場は、ウィーン国立歌劇場に次ぐドイツ語圏最高のオペラハウスと評価されている。

アルト・ラートハウス近くにはヴェローナにちなんでジュリエットの像がおかれており、これに花を供えると恋の願いがかなうと信じられている。

イタリア風の建物でなる聖ミヒャエル教会には、ルートヴィヒ2世の墓がある。ルートヴィヒ2世は、ノイシュヴァンシュタイン城を建てた人物である。

有名なミュンヘン大学は、町の北部にある。その手前のシュヴァービングは、若者たちで賑わう地区。飲食店も多い。

日本札幌市イタリアヴェローナ市とは姉妹都市協定を結んでいる。札幌市については、1972年夏季オリンピック冬季オリンピックの開催地で、共に「ビールの街」でもある点から姉妹都市協定が結ばれた(日本のビール会社・サッポロビールがかつてビール造りの盛んな北緯43度線付近の都市として「ミュンヘン・札幌・ミルウォーキー」というキャッチコピーを使用していた)。

[編集] 歴史

テアティーナー教会
1900年頃に描かれたミュンヘンの町並み

都市名の語源は「munichen(小僧)」(Munch 修道僧の指小語)。市のワッペンは黄色地にフードのある黒地の修道服を着て、聖書を手に持った小僧である。中世中期に修道院がおかれたのが市の起源である。歴史上では、1158年Villa Munchenという文献によって初めて言及されている。

1158年バイエルン大公ハインリヒ獅子公によってイーザル川に橋がつくられ、関所と貨幣鋳造、市場の町として創建された。1255年にバイエルンは分国されるが、16世紀初頭からは再び統合されたバイエルンの首都として繁栄した。

1900年前後のミュンヘンは芸術の都市であり、ミュンヘン分離派青騎士などの芸術活動が見られた。ユーゲント・シュティールのもとになった雑誌「ユーゲント」もミュンヘンで刊行された。

一方ナチズムの初期の拠点であり、アドルフ・ヒトラーらによるミュンヘン一揆・ミュンヘン行進やミュンヘン会談の場所ともなった。

1972年に第20回夏季オリンピアードミュンヘンオリンピック)が開催された。その開催期間中、ヨルダンテロリスト集団「黒い九月」による選手村襲撃事件(いわゆるミュンヘンオリンピック事件)が発生し、イスラエル選手団の選手およびコーチ合わせて11名が犠牲になった(スティーブン・スピルバーグ監督の映画「ミュンヘン」はこのミュンヘンオリンピック事件とその報復テロを題材にしている)。詳細についてはミュンヘンオリンピック事件を参照のこと。

[編集] 経済

BMW本社ビル

大小多数のビール醸造所があり、世界最大のビールの収穫祭であるオクトーバー・フェストには世界中から毎年600万人以上の観光客が訪れる(ちなみにこの祭りはドイツ移民が多いブラジル南部にあるサンタカタリーナ州ブルメナウという都市でも行われている)。ビール醸造業とともに有名なのが、自動車産業である。市北部のオリンピアシュタディオン近辺には世界有数の自動車メーカーBMWの本社があり、メルセデス・ベンツシュトゥットガルトフォルクスワーゲンウォルフスブルクとともに自動車王国ドイツを牽引している。更に、重機械メーカーであるクラウス=マッファイの母体となったJ.A.マッファイとクラウスの2つの機関車メーカーもこの地で創業しており、同社と、同社から分社して成立した兵器メーカーのクラウス=マッファイ・ヴェクマンは現在も本社工場を市内に置いている。また、ドイツの金融の中心地となっており、保険・金融の最大手であるアリアンツの本社機能が存在する他、世界最大の高品質映画機材(映画用カメラ)と映画用光源機材のメーカーアーノルド&リヒター本社がある。

[編集] 娯楽

音楽
ドイツを代表するオーケストラであるバイエルン放送交響楽団ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団は、この街を本拠地として活動している。前者は王宮(レジデンツ)内にあるヘラクレスザールで、後者はイザール川の辺りにあるガスタイク文化センターで、主に定期演奏会を行っている。またバイエルン州立歌劇場の管弦楽団(バイエルン州立管弦楽団)も、オペラ上演の傍ら、オペラハウスや他の2楽団の本拠地でしばしばコンサートを行っている。
スポーツ
ブンデスリーガに所属する2つのプロサッカークラブ(1860ミュンヘンバイエルン・ミュンヘン)が本拠地を構える。
両チームとも、1972年夏季オリンピックの主会場だったオリンピアシュタディオン2004年/2005年シーズンまでホームスタジアムとしてきたが、2006 FIFAワールドカップドイツ大会の開会式会場として、サッカー専用スタジアム「アリアンツ・アレナ」が建設されたのに伴い、2005年/2006年シーズンより同スタジアムを新たなホームスタジアムとして使用している。

[編集] 姉妹都市

[編集] ミュンヘン出身の人物

[編集] 交通

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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