ミヤマクワガタ

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ミヤマクワガタ
Lucanus70.JPG
ミヤマクワガタのオス
北海道函館産70mm個体
分類
: 動物界 Animalia
: 節足動物門 Arthropoda
: 昆虫綱 Insecta
: 甲虫目 Coleoptera
亜目 : カブトムシ亜目 Polyphaga
上科 : コガネムシ上科 Scarabaeoidea
: クワガタムシ科 Lucanidae
亜科 : クワガタムシ亜科 Lucaninae
: ミヤマクワガタ属 Lucanus
: ミヤマクワガタ L. maculifemoratus
学名
Lucanus maculifemoratus
Motschulsky, 1861
和名
ミヤマクワガタ
英名
Miyama Stag Beetle

ミヤマクワガタ(深山鍬形 Lucanus maculifemoratus)は、甲虫目クワガタムシ科に属するクワガタムシの一種。普通種であり、いかにもクワガタムシらしい風貌から、ノコギリクワガタとともに古来からクワガタムシの代表として親しまれてきた。南西諸島や一部の離島を除く、ほぼ日本全土に分布し、旧環境庁により指標昆虫に指定されている。

オスの体長は22.9mm - 78.6mm(飼育下78.0mm)で、メスの体長は25 - 48.8mm。

なお、同名の植物にゴマノハグサ科ルリトラノオ属のミヤマクワガタ (植物)がある。

特徴[編集]

頭部に冠状の突起「(頭部)耳状突起」を有する。これはミヤマクワガタの最大の特徴である。これは小型個体では目立たないが、大型個体では発達する。耳状突起は大アゴを閉じる筋肉の付着面を限られた頭部の中で広げるのに役立っている。繁殖飼育方法の知見を初めて発表した小島啓史 (1996) によると、頭部のサイズと耳状突起は、幼虫期の頭部の幅の影響を受け、前蛹の時に寒冷な気候で過ごしたオスほど大きくなる傾向が見られるという。

オスでは体表には細かい毛が生えており、金色から褐色に見えるが、微毛は身体が霧や降雨で湿ると黒くなり、木の幹に擬態した保護色の効果と、熱線吸収率を調整するのに役立っていると思われる。古い個体はしばしばこれらの微毛が脱落し失われている。頭の突起はオスだけにある。

メスは背側から見るとツヤのある黒色で他のクワガタムシのメスと似ているが、腹側にはオスと同じく微毛を備え、学名の元になった長楕円の黄色紋を腿節に部分持つため、他種のメスと簡単に見分けることができる。また、メスの大顎は他のクワガタムシのメスに比べ、アゴが太くて厳つく、ペンチのような形となっており、挟まれると大変痛い。

オスの大アゴには、後述される様にエゾ型・ヤマ型(基本型)・サト型(フジ型)と言う3つの型がある。それぞれの型は大アゴの第一内歯と第三内歯の長さと、大型個体では先端の二叉の大きさで見分ける事ができるが中間型も見られる。

  • エゾ型:第一内歯は痕跡的で第三内歯が長い 先端の二叉はもっとも大きい
  • ヤマ型:第一内歯と第三内歯はほぼ同じ長さで、先端の二叉ははっきりしている
  • サト型:第一内歯がもっとも長く、先端の二叉ははっきりしない

上記の型の呼称は、保育社の図鑑が初めて使った呼称を踏襲しているが、黒沢は、この内サト型を、富士箱根伊豆国立公園付近に多いためフジ型とし、ヤマ型を日本全国に見られる事から基本型と呼ぶように提唱した。しかしミヤマクワガタの繁殖飼育に世界で初めて成功した、林長閑によると、どの型も日本全国に見られ、地域性は薄いと言われる。小島啓史は著書の中で、エゾ型の新成虫から得た子を東京で飼育したところ、全てサト型になった事を報告している。

3つの型は、野生ではおおむね標高と緯度によって棲み分けており、標高1000m前後の山地や北海道ではエゾ型が多く、伊豆半島からはサト型のみが知られるが、筑波山や塩山の様に、3つの型が同所的に見られる場所もある。飼育下では、幼虫期に16℃前後で飼育された個体からエゾ型が多く得られ、23℃以上ではサト型しか羽化しない。しかし20℃の飼育では3つの型が発現することもある。

普段見られるオスは60mm程度だが、70mmを越える大型個体が得られることがある。

飼育・人工繁殖は難しく大型個体はなかなか作出されないとされていたが、繁殖方法が確立し、その後小島啓史により、メスが25℃以下でないと産卵しない事が公表されてから、繁殖飼育そのものは比較的容易になった。なお林長閑は18℃の恒温器で幼虫を飼い、成虫まで4年かかったと発表しているが、1 - 2年で羽化に至る個体がほとんどと思われる。

酷暑と乾燥に弱いため、地球全体の温暖化や都市周辺のヒートアイランド現象などによって、激減、もしくは絶滅する可能性が相対的に高いクワガタムシであり、生息地域の環境調査などから指標昆虫となった。小島啓史は水没するダム湖上流のヤナギ林などでミヤマクワガタが多数生息している状況を応用動物昆虫学会等で報告している。

生態[編集]

「深山」とは山奥の意味である。この言葉が示すように、ミヤマクワガタは標高の高い山間部によく見られる。これは冷涼湿潤な環境を好むためであり、成虫の飼育の際には温度や湿度の管理に注意を要する。温暖湿潤な環境を好むために低地で生息密度の高いノコギリクワガタと対照的である。

この両者は他にも様々な点で生態の違いがあり、ニッチ(生態学的地位)そのものが微妙に異なっていてそもそも生活資源の競合関係はないと考えられるため、単純にこの生息環境の違いを「住み分け」と見なすのは困難である。しかし、やや、人為的な里山の環境を好むノコギリクワガタに比べ、ミヤマクワガタの方が人間の手つかずの自然が残る環境を好む傾向があるといわれる。また、ノコギリクワガタに比べ、全般的に体が大きめの為に、両者の体格の違いから、闘争ではミヤマクワガタが圧倒するケースもままある。

クワガタムシの大型種は夜行性であるものが多いが、ミヤマクワガタの場合は生息地や環境によって昼間にも活動することが知られている。灯火やトラップにも飛来し、採集は容易であり、大型のクワガタムシの中では飛翔性が高い種である。

オオクワガタ属とは違い、幼虫は腐植質の多い地中や、朽木の中でも腐朽が進んで腐植化の進んだところに生息し、腐植土状になった部分を食物としている。秋に羽化した成虫は土中の蛹室内で越冬し翌年夏に活動を開始するが、活動開始後の寿命は短く、再越冬はしない。この点はノコギリクワガタ等と同様である。

野生下と異なり、飼育下においては大型個体を羽化させることが難しく、幼虫期間も長めで希少性もないため採算性がないと判断され、累代飼育はあまりなされなかったものの、その飼育方法も徐々に解明されつつある。

なお、70mmを超す大型個体については天然、飼育限らず、繁殖が進み値がこなれたオオクワガタをも上回る場合が多々ある。

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フジ型

ミヤマクワガタでは亜種のような遺伝的に固定された地域個体群ではないと考えられているが、型と呼ばれる多形が存在する。

  • 基本型 f. maculifemoratus - モスクワ大学のタイプ標本がこの型となっている。第三内歯と第一内歯がほぼ同じ長さで先端の二叉はやや発達する。
  • フジ型 f. nakanei - 第一内歯が第三内歯より長い。先端の内歯と外歯が作る二叉の角度も小さい。東海地方に多いとされるが、林長閑によると日本全国で見られると言う。
  • エゾ型 f. hopei - 上型と反対の性質を持つ。北海道に多く見られ、他地域でも標高1000m前後より上の高標高地に生息する。尚、北海道では高地だけではなく、低地にも見られる。

また2型両方の特徴を兼ね備えたと思われる個体も散見される。この多形の発現要因として、幼虫時の温度環境などが仮説として挙げられているが、遺伝的多型だと考える者もいる。前者の論拠として、小島啓史 (1996) が蛹室から掘り出したエゾ型を東京で繁殖した子が全てフジ型だったこと、従来ヤマ型しかいなかった埼玉県寄居町小川町・間瀬湖・円了湖で現在見られるのがフジ型だけになっている事、同所的に3つの型が確認できる場所ある事などが上げられる。 後者の論拠として、武浩がおこなった栃木県川俣湖産の個体群の繁殖では、他の地域の個体群がフジ型〜基本型になる同じ飼育場所で全てエゾ型になったと言う記録がある。また、藤澤樹 (2004) も後者の様な遺伝的多型と考えているという意見を述べた上で実態を調査中であるとしている。

この型の発現理由を調べる研究は、現在つくばの国立環境研究所で五箇浩一と小島啓史によって継続中である。幼虫期の温度環境による発現型であり、その定量的な条件が確認されれば、ミヤマクワガタの型の変化を調べるだけで、その地域の周年温度の変化=地球温暖化の状況が把握できるようになるかもしれない。

亜種[編集]

日本には2亜種、日本国外には4亜種が存在する。

日本[編集]

ミヤマクワガタ(原名亜種)L. m. maculifemoratus
北海道本州四国九州樺太(南部)、千島列島択捉島国後島奥尻島飛島佐渡島隠岐諸島五島列島福江島甑島列島(今のところ下甑島のみ)、熊毛諸島黒島(以前は生息しないとされていた。形態に違いが見られ、亜種として記名する動きがある。)に生息する。
イズミヤマクワガタ L. m. adachii
伊豆諸島伊豆大島利島新島神津島三宅島に生息する。オオバヤシャブシの樹液を好む。雄の頭部の発達が悪く、大腮が短く、耳状突起もあまり発達しない。雌雄ともに腹部末端が丸みを帯びる。それぞれの島で若干の変異が見られ、伊豆大島、利島の個体は黒味が強く、他の島では赤味がかる。雌は樹液にあまり集まらず採集しにくい。灯火にも飛来する。1995年に追加された。伊豆半島南部の一部地域で本亜種に類似した特徴を持つ個体が見つかっているが、雌雄の腹部末端、雄の耳状突起の形態が異なる。

日本国外[編集]

タカサゴミヤマクワガタの雄と雌
チョウセンミヤマクワガタ L. m. dybowskyi
朝鮮半島アムール・中国北部に生息する。日本のミヤマクワガタと比べると体型がやや丸く、がっしりした印象を受ける。
チュウゴクミヤマクワガタ(シナミヤマクワガタ) L. m. boileaui
中国湖南省四川省陝西省雲南省チベットに生息する。独立種で記載された。チョウセンミヤマクワガタに似ているが大顎の先端部分の形状が異なることなどで区別できる。
タカサゴミヤマクワガタ L. m. taiwanus
台湾に生息する。以前は独立種とされていた。顎の形状がエゾ型に似ているが、先端以外の内歯の発達が日本産のそれよりも遙かに悪くなる。体長85mm
L. m. jilinensis
中国吉林省に生息する。他の亜種よりも流通量が極端に少ない。

関連項目[編集]