ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンゴルフトーナメント

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Golf pictogram.svgミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープン
ゴルフトーナメント
Nuvola apps kolf.svg 大会情報
開催地 宮城県
創設 1973年
(松島国際女子オープンとして)
開催コース 利府ゴルフ倶楽部
基準打数 Par72
ヤーデージ 6530Yards
ツアー 日本女子プロゴルフ協会
競技方法 ストロークプレー
賞金総額 7000万円
開催月 9月
Nuvola apps kolf.svg 最新優勝者
中華人民共和国の旗 馮珊珊(フォン・シャンシャン)
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ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンゴルフトーナメント(ミヤギテレビはいダンロップじょしオープンゴルフトーナメント)とは、日本女子プロゴルフ協会公認の女子ゴルフトーナメント・ツアーの1つである。毎年9月の第3週に、ミヤギテレビ主催、SRIスポーツ住友ゴム工業グループ)の特別協賛(1998年より)で開催されている。2011年現在、賞金総額7000万円、優勝賞金1260万円。

目次

[編集] 概要

1973年昭和48年)にミヤギテレビの開局3周年を記念して「松島国際女子オープン」との名称で初開催され、何度か大会名の変更がありながらも続けられている。例年、仙台都市圏北部のゴルフ場で開催されており、2003年平成15年)からは現在の利府ゴルフ倶楽部(宮城県利府町)で行われている。

1992年(平成4年)、福嶋晃子がこの大会でプロデビューを果たした。2003年(平成15年)の大会では、当時、東北高校3年生だった宮里藍が優勝した。このとき宮里はアマチュアだったため、優勝したものの賞金は0円であった[1]。この優勝を機に宮里はプロ宣言を行い、史上初の高校生プロゴルファーとなった。2005年(平成17年)には、横峯さくらがプロ入りして2度目のツアー勝利を決めている。2006年(平成18年)には、宮里藍が本大会2度目、かつ、日本ツアー出場3試合連続優勝を成し遂げた(福嶋晃子以来史上2人目)。2009年(平成21年)には、東北高校出身の有村智恵が優勝した。

チャリティー面では、第28回(2000年)から宮城県立こども病院の支援活動を、第39回(2011年)からは東日本大震災の復興支援を行っている[2]

テレビ放送は例年、1日目と2日目はミヤギテレビ単独で、最終日は日本テレビ系列(マストバイ22局とABSを含む23局)で全国放映される。また、2011年には、ゴルフネットワークとことん1番ホール生中継」第5弾として2日目・最終日の1番ホールのみを放送。

[編集] 沿革

第1回は1973年昭和48年)10月8日から10日まで3R制で開催された。同年10月6日に始まった第四次中東戦争により第一次オイルショックが発生し、ニクソン・ショックの影響もあって高度経済成長が終焉を迎えると、日本経済は構造不況に陥り、翌年の第2回の賞金総額は減少した。第3回、第4回と賞金総額が上昇したものの、第5回から第8回までは2R制に大会規模を縮小したり、賞金を減額したりして大会を維持した。

1979年(昭和54年)の第二次オイルショックの影響からも脱した第9回(1981年)からは3R制に戻った。円高不況などがあってもバブル景気にかけて賞金は増大し、観客数も3日間延べ2万人を超えるほどに発展した。しかし、バブル崩壊によって観客数は3日間延べ8千人前後に落ち込んだ。

第31回(2003年)の宮里藍の優勝で女子プロゴルフ人気が上がり、いざなみ景気の影響もあって、翌年以降は概ね3日間延べ1万人以上の観客を集める大会となった。第36回(2008年)はリーマン・ショック直後の開催となり、その後の世界金融危機の中でも大会は維持された。また、賞金は増額され、観客数の減少も見られなかった。

第39回(2011年)は、会場の利府GCが東北地方太平洋沖地震東日本大震災)で被災して4ヶ月近く営業休止し、また、大会直前に襲来した台風15号による豪雨で開催自体が危ぶまれたが、「東日本大震災復興支援」をサブタイトルにして大会を開催し、3連休だったこともあってバブル期以来となる2万人を超える観客を集めた[2][3]

[編集] 年表

  • 天候を示す背景の色は、晴れ黄色曇り灰色または一時雨が水色、悪天候による中止は銀色
  • 2R制(土日2日間開催)の年は金曜日の背景が黒色。
歴代優勝者・開催地等[4]

優勝者名 大会名 開催ゴルフ場 賞金(万円) 観衆(人)/天候
総額 優勝 合計
39 2011年 中華人民共和国の旗 馮珊珊 ミヤギテレビ杯
ダンロップ
女子オープン
ゴルフトーナメント
利府
ゴルフ倶楽部

宮城郡利府町
地図
7000 1260 6,119 7,145 8,763 22,027
38 2010年 韓国の旗 イム・ウナ 2,765 4,250 9,644 16,659
37 2009年 日本の旗 有村智恵 6000 1080 2,420 6,174 9,832 18,426
36 2008年 日本の旗 上田桃子 1,608 5,395 7,988 14,991
35 2007年 日本の旗 三塚優子 2,103 4,840 7,425 14,368
34 2006年 日本の旗 宮里藍 3,295 7,025 9,331 19,651
33 2005年 日本の旗 横峯さくら 3,495 3,619 2,883 9,997
32 2004年 日本の旗 山岸陽子 1,408 3,148 5,795 10,351
31 2003年 日本の旗 宮里藍[1][5] 917 2,947 4,656 8,520
30 2002年 日本の旗 高橋美保子 レインボーヒルズ
ゴルフクラブ

黒川郡富谷町
地図
1,112 993 4,999 7,104
29 2001年 日本の旗 木村敏美 891 2,813 4,554 8,258
28 2000年 韓国の旗 具玉姫 973 3,147 1,566 5,686
27 1999年 831 2,568 4,720 8,119
26 1998年 日本の旗 福嶋晃子 781 3,422 4,693 8,896
25 1997年 日本の旗 服部道子 ミヤギテレビ杯
女子オープン
ゴルフトーナメント
花の杜
ゴルフクラブ

(黒川郡大衡村
地図
5000 900 0 2,275 4,380 6,655
24 1996年 日本の旗 久保樹乃 794 2,394 2,098 5,286
23 1995年 日本の旗 野呂奈津子 762 2,994 3,593 7,349
22 1994年 韓国の旗 元載淑 0 2,417 2,178 4,595
21 1993年 日本の旗 永田富佐子 769 3,179 5,577 9,525
20 1992年 日本の旗 大城あかね 松島チサン
カントリークラブ

(宮城郡松島町
地図
1,933 6,302 11,926 20,161
19 1991年 日本の旗 中野晶 4000 720 1,572 4,062 12,562 18,196
18 1990年 日本の旗 森口祐子 3,170 8,936 13,510 25,616
17 1989年 日本の旗 平瀬真由美



16 1988年 日本の旗 高須愛子 3000 500 3,145 1,750 1,602 6,497
15 1987年 韓国の旗 金萬壽



14 1986年 日本の旗 中島恵利華 2500 400



13 1985年 日本の旗 森口祐子 2000 300



12 1984年 中華民国の旗 祭麗香



11 1983年 日本の旗 小林洋子 1800 270



10 1982年 中華民国の旗 涂阿玉 1100 180



9 1981年 日本の旗 岡本綾子 1000 160



8 1980年 中華民国の旗 祭麗香 750 150



7 1979年 日本の旗 荒川百合子 650 120



6 1978年 日本の旗 森口祐子 620



5 1977年 日本の旗 岡田美智子 500 100



4 1976年 日本の旗 樋口久子 750 150



3 1975年 日本の旗 大迫たつ子 松島国際
女子オープン
松島国際
カントリークラブ

(黒川郡大郷町
地図
700



2 1974年 日本の旗 鳥山由紀子 485 100



1 1973年 日本の旗 樋口久子 529



[編集] 脚注

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  1. ^ a b 2003年度 ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンゴルフトーナメント 成績表社団法人日本女子プロゴルフ協会)… 優勝賞金は1080万円だが、優勝した宮里藍はアマチュアのため賞金0円。単独2位は本来528万円、2位タイが2人なら1人474万円だが、優勝賞金が0円だったため、当大会では2位タイ2人で1人あたり804万円となった。
  2. ^ a b 第39回ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンゴルフトーナメント(宮城テレビ放送)
  3. ^ 宮里藍、有村は40位 ミヤギテレビ杯ダンロップ女子第1日河北新報 2011年9月24日)
  4. ^ ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープンゴルフトーナメント(社団法人日本女子プロゴルフ協会)
  5. ^ 当時、高校生

[編集] 関連項目

東北地方で開催されたゴルフトーナメント

[編集] 外部リンク

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