ミハス

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'Mijas'

Bandera de Mijas (Málaga).svg   Escudo de Mijas (Málaga).svg

Urbanización en Mijas.jpg
アンダルシア州
マラガ県
面積 148.885km²
標高 428m
人口 73,787人(2009年)
人口密度 人/km²
Mijas.svg

北緯36度36分 西経04度38分 / 北緯36.600度 西経4.633度 / 36.600; -4.633

ミハスMijas)は、スペインアンダルシア州マラガ県の都市。コスタ・デル・ソルにあり、白い村の中心都市として、国内で有数の観光地となっている。経済は主に観光によって成り立っている。

歴史[編集]

ミハスは、先史時代にタルテッソスにより造られた。当時の砦跡が、現在の市壁の一部として見ることができる。古代ギリシアポエニ人が、豊富な鉱物資源目当てに村にやってきていたことが、2世紀に出版されたプトレマイオスによる『地理学 (ゲオグラフィア)』に記述されている。

ローマ人には「タミサ (Tamisa)」の名前で知られており、彼らはミハスと活発に貿易をしていた。ローマ人による支配の後、714年より西ゴート族の支配に代わり、更にはムーア人による支配へと代わった。ムーア人は村人が蓄財することや彼らの宗教、慣習を、村の農産物や畜産品の3分の1を交換することを条件として認めた。タミサの名前をミクサ(Mixa)に変更したのもムーア人であり、ミクサが後に現在のミハスという名前に変化した。

コルドバ首長国の時代、村はウマル・イブン・ハサンに征服され、9世紀末にアブド・アッラフマーン3世に敗れるまでその支配が続いた。

1487年のマラガ包囲の間、ミハスはカトリック両王の攻撃に抵抗した。マラガ陥落の後、住民たちは降伏し、その大部分が奴隷として売られていった。数十年後のコムネロスの反乱の間、ミハスはスペイン王に忠誠を誓ったため、王室より"Muy Leal (非常に忠実)" の称号が与えられた。その後ほどなくして、Joanna of Castileが、ミハスを村から町に昇格させ、国王課税を免除した。

この頃から19世紀にかけて、海岸沿いにおける海賊行動が活発になり、ミハスは苦難を強いられた。海賊行動を監視するために、現在も海岸沿いで見ることのできる見張り塔が建設された。