カンムリワシ

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カンムリワシ
カンムリワシ Spilornis cheela
保全状況評価
LEAST CONCERN
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 鳥綱 Aves
: タカ目 Accipitriformes
: タカ科 Accipitridae
: カンムリワシ属 Spilornis
: カンムリワシ S. cheela
学名
Spilornis cheela (Latham1790)
和名
カンムリワシ
英名
Crested serpent eagle
頭部
飛翔の様子
カンムリワシ幼鳥
西表島・浦内マングローブ群落(2008年12月)

カンムリワシ(冠鷲、Spilornis cheela)は、鳥綱タカ目タカ科カンムリワシ属に分類される鳥。

分布[編集]

インドインドネシアスリランカタイ、中国南部(福建広東雲南など)、台湾日本八重山列島石垣島西表島与那国島[注釈 1])、ベトナム

カンムリワシは21の亜種に分類されている。八重山列島の個体群(S. c. perplexus)は日本固有亜種であり、分布の北限にあたる[3]。台湾固有亜種(S. c. hoya)は大型でオオカンムリワシ(大冠鷲)と呼ばれる[4]

形態[編集]

全長55cm。全身の羽毛は褐色で、翼や腹面には白い斑点が入る。尾羽は白く、先端部の羽毛は黒い[3]。後頭部に白い羽毛の混じる冠羽が生えることが和名や英名の由来。

幼鳥では、胸から腹にかけての羽毛、肩羽、雨覆羽が白から黄褐色で、生後第 2暦年頃から成羽への換羽が行われる[5]

生態[編集]

湿地水田マングローブ林等に生息する。

食性は動物食で、両生類爬虫類甲殻類昆虫類等を捕食する。特にヘビを好み、英名のCrested Serpent Eagle(カンムリヘビワシの意。ただしヘビクイワシ科は別科)はこの食性に因む命名。南西諸島にはトビが生息しないため、トビと同じような生態的地位を占め、時には自動車に轢かれた小動物の死骸を食べることもある。樹上や電柱で獲物が通りかかるのを待ち、獲物を見つけると襲いかかる[2]。通常のタカ類は空中から獲物に直接爪を立てることが多いが、本種は一度獲物の傍に降り立って地上で攻撃することが多く、そのため狩りに失敗することも多い。

3-4月に樹上に木の枝を組み合わせた皿状の巣を作り、1個の卵を産む。抱卵日数は35日で、雌雄ともに抱卵する。雛は孵化してから60数日で巣立ちを終え、翌年の春に独立する。従来、八重山列島では繁殖が確認されず、台湾で営巣すると考えられていたが、1981年に写真家宮崎学によって3巣の営巣が西表島で見つかり、八重山列島での繁殖が確認された[1][6]

雄は樹の上やディスプレイ飛翔のときに、「ピュピュピュ ピュイュ ピュイュ」または、「ポポー ポイョー ピィーョ」さらには、「ピピー ピューイ」と鳴く。「ピュイュー」の1声を発すだけのときもある。

保全状態評価[編集]

日本における人間との関係[編集]

第14循環(2002年2月-2009年3月)の時期には石垣島が大きく開発されたため、環境の変化がどのような影響を及ぼすか懸念されている。さらに人為的に持ちこまれた外来種である、オオヒキガエルインドクジャクの増加による影響も同様に懸念されている。また、車の増加により、交通事故も多発している[7][8]

2022年3月9日、環境省、沖縄県及び石垣市は、年初からこの日までに「6件の交通事故が発生するなど治療や収容体制がひっ迫する事態が続いて」いるため、初めて「カンムリワシ交通事故 非常事態宣言」を発出。運転者に対してカンムリワシのロードキルマップを公開し、注意を呼びかけている[9]

保護[編集]

沖縄県石垣市の石垣やいま村沖縄市沖縄こどもの国では、保護され野生復帰が困難と判断されたカンムリワシが一般公開されている[10]。石垣やいま村は、2022年3月29日から5月末まで、リハビリケージの建設のためにクラウドファンディングを実施した[11]2018-12-07[12]。また、同年5月28日には、カンムリワシの治療に携わっている獣医師を取材したドキュメンタリー動画が配信された[13]

開発[編集]

2015年10月、ユニマットプレシャスが石垣島の前勢岳北にゴルフ場付きリゾート施設を建設する計画を発表[14]。石垣市はこの計画を推進し[15][16][17]、2021年8月30日には沖縄県も石垣市の計画書に同意している[18]。計画地では4ペアのカンムリワシの生息が確認されているため、市民団体から開発中止を求める声が上がっており[19]、地元の自然環境保護団体は2022年5月25日に沖縄県知事に抗議声明を送付する[20]とともに、6月1日に事業計画承認の取消を求めて行政不服審査法に基づく審査を請求している[21]

調査[編集]

環境省では、1988年以来、数年に一度、特定の期日に石垣島及び西表島に生息しているカンムリワシの数をカウントする「カンムリワシ一斉カウント調査」を行っている。この調査では、2006年には石垣島で78羽、西表島で58羽、2012年には石垣島で110羽、西表島で78羽が確認されているが、確認個体数は天候等の条件によって異なるため、環境省那覇自然環境事務所は過去の調査結果と比べても生息個体数に大きな変化はないと推測している[22][23]。ただし、石垣島・西表島ともに網羅的な生息数調査が行われたことがなく、生息数が減少しているのかも含めて、正確な実態は不明であるため、総数を把握するための生息数調査を望む声がある[24]

カンムリワシに因む事物[編集]

  • 八重山民謡の「鷲ぬ鳥節」で歌われている[25]
  • 八重山方言ではカンムリワシ(特に幼鳥)の美しい羽を「あやぱに」(綾羽)と呼び[26]、カンムリワシ(特に幼鳥)のことも「あやぱに」と呼ぶ。「鷲ぬ鳥節」の歌詞で歌われるほか、「あやぱに」に因んで名付けられた事物に以下のものがある。
    • あやぱに - 石垣島で高校生が発見した小惑星[26]
    • 株式会社あやぱに - 沖縄県石垣市にある石垣やいま村を運営する企業。
    • あやぱに - 八重山観光フェリーが運航する双胴の高速旅客船[27]
    • あやぱにモール - 沖縄県石垣市中心部にあるユーグレナモールの旧称[28]
    • 石垣あやぱにボウル - 沖縄県石垣市にあるボウリング場[29]
  • 石垣市1977年10月にカンムリワシを市の鳥に定めている[30]
  • 沖縄県石垣島出身の元プロボクサー具志堅用高のニックネームとして用いられたことで、全国的に知られるようになった[31]。1976年10月の世界王座獲得直後のインタビューでの発言「わんやカンムリワシにないん」にちなむ(八重山語で「俺はカンムリワシになりたい」を意味する)。
  • 1977年にプロ野球選手王貞治国民栄誉賞第1号を受賞した際、副賞として、オオカンムリワシの剥製が贈呈された[32][33][34]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 与那国島での記録は数例にとどまる[1]。また、地理的に近い台湾の亜種("S. c. hoya")の可能性も指摘されている[2]

出典[編集]

  1. ^ a b 佐野清貴「石垣島におけるカンムリワシの繁殖生態」(PDF)『Strix』第21巻、2003年、141-150頁。 
  2. ^ a b “カンムリワシ”. バードリサーチニュース (特定非営利活動法人 バードリサーチ) 9 (2): pp. 4-5. (2012年2月24日). オリジナルの2012年3月13日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120313012336/http://www.bird-research.jp/1_newsletter/dl/BRNewsVol9No2.pdf 
  3. ^ a b カンムリワシ”. いきものログ RDB図鑑. 環境省. 2021年1月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月7日閲覧。
  4. ^ 時田喜子; 吉野智生; 大沼学; 金城輝雄; 浅川満彦 (2014年). “八重山諸島におけるカンムリワシの胃内容物”. Bird Research (特定非営利活動法人バードリサーチ) 10: pp. S13-S18. https://doi.org/10.11211/birdresearch.10.S13 
  5. ^ 菊地正太郎、佐野清貴「竹富島におけるカンムリワシの観察記録」『Bird Research』第3巻、2007年、S7-S10、doi:10.11211/birdresearch.3.S7NAID 130000060987 
  6. ^ “【レビュー】 カメラマンのいない野生動物写真 「宮崎学 イマドキの野生動物」展 東京都写真美術館(東京・恵比寿)で開催中”. 美術展ナビ (読売新聞社). (2021年8月27日). オリジナルの2021年8月27日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210827060750/https://artexhibition.jp/topics/news/20210827-AEJ490396/ 
  7. ^ “カンムリワシ:交通事故で犠牲、増加”. 毎日新聞. (2012年5月11日). オリジナルの2012年5月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120510175925/http://mainichi.jp/select/news/20120511k0000m040125000c.html 
  8. ^ “カンムリワシ受難 交通事故か、今年3羽死ぬ”. 八重山毎日新聞. (2017年3月21日). http://www.y-mainichi.co.jp/news/31354/ 
  9. ^ “過去最悪のペース、カンムリワシ交通事故多発”. 八重山毎日新聞. (2022年3月10日). オリジナルの2022年6月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220310012530/https://www.y-mainichi.co.jp/news/38278/ 
  10. ^ “カンムリワシ一般公開 環境省“飼育個体”は八重山初”. 八重山毎日新聞. (2008年5月10日). オリジナルの2009年7月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090725035322/http://www.y-mainichi.co.jp/news/11027/ 
  11. ^ “建設資金、ネットで募る カンムリワシリハビリケージ”. 八重山毎日新聞. (2022年4月27日). オリジナルの2022年10月9日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20221009004706/https://camp-fire.jp/projects/view/569241 
  12. ^ 石垣島でカンムリワシの野生復帰のためのリハビリケージを建設したい”. 2022年6月5日閲覧。
  13. ^ “「カンムリワシと僕の冬」 短編ドキュメンタリー配信 土城勝彦獣医師の奮闘追う”. 八重山毎日新聞 (全国郷土紙連合). (2022年5月30日). オリジナルの2022年5月30日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220530013124/http://kyodoshi.com/article/12373 
  14. ^ “石垣のゴルフ場計画発表 ユニマット”. 琉球新報. (2015年10月20日). オリジナルの2022年6月6日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220606205217/https://ryukyushimpo.jp/news/entry-157389.html 
  15. ^ “市長交代なら「実現せず」 ゴルフ場建設で野党牽制 市街地拡大に懸念の声も 石垣市議会一般質問”. 八重山日報. (2021年12月18日). オリジナルの2021年12月18日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20211218121637/https://yaeyama-nippo.co.jp/archives/17458 
  16. ^ “ゴルフ場 主要争点に浮上 砥板氏 慎重、中山氏 推進 石垣市長選”. 八重山日報. (2022年1月25日). オリジナルの2022年1月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220124223537/https://yaeyama-nippo.co.jp/archives/17677 
  17. ^ “ゴルフ場に市有地23.5ヘクタール 一部貸し付け予定”. 八重山毎日新聞. (2022年5月24日). https://www.y-mainichi.co.jp/news/38492 
  18. ^ “ゴルフ場開発に同意 県、石垣市の特例申請に”. 沖縄タイムス. (2021年9月2日). オリジナルの2021年9月2日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210901222532/https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/824133 
  19. ^ “ゴルフ場開発、容認できない 市民団体が県に反対要請”. 八重山毎日新聞. (2021年9月4日). オリジナルの2021年9月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210904012315/https://www.y-mainichi.co.jp/news/37761/ 
  20. ^ “前勢岳北側のゴルフ場開発に対し抗議声明を発表”. やいまタイム (南山舎). (2022年5月23日). オリジナルの2022年6月6日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220606204256/https://yaimatime.com/yaimanews/98770/ 
  21. ^ “石垣島のリゾート開発、沖縄県へ計画承認取り消し求める 市民団体のメンバー”. 琉球新報. (2021年6月5日). オリジナルの2021年6月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220605040317/https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1528616.html 
  22. ^ カンムリワシ一斉カウント調査について” (PDF). 環境省 那覇自然環境事務所 (2012年1月23日). 2012年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月28日閲覧。
  23. ^ “カンムリワシ一斉調査 過去最多の110羽確認、生息個体数に変化なし”. 八重山毎日新聞. (2012年1月23日). オリジナルの2012年5月2日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120502144217/http://www.y-mainichi.co.jp/news/19825/ 
  24. ^ カンムリワシ生息数(総数)調査の要望”. 日本野鳥の会西表支部 (2012年4月5日). 2015年5月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月7日閲覧。
  25. ^ カンムリワシとは”. 西表野生生物保護センター. 2021年4月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月7日閲覧。
  26. ^ a b 高校生が見つけた小惑星に「あやぱに」が命名される”. 石垣島天文台 (2015年6月5日). 2015年6月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年9月14日閲覧。
  27. ^ 船舶紹介・旅客船/貨客船”. 八重山観光フェリー. 2021年8月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月7日閲覧。
  28. ^ “「あやぱにモール」名称を譲渡、3月14日から「ユーグレナモール」に”. 八重山毎日新聞. (2010年2月13日). オリジナルの2010年2月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100225113743/http://www.y-mainichi.co.jp/news/15415/ 
  29. ^ 石垣あやぱにボウル”. 石垣市観光交流協会. 2021年2月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月7日閲覧。
  30. ^ “県内初の「市星」制定へ 石垣市”. 八重山毎日新聞. (2018年12月7日). オリジナルの2021年6月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20181208133630/http://www.y-mainichi.co.jp/news/34602/2018-12-08 
  31. ^ 具志堅用高 プロフィール”. ステムブレーン. 2021年6月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月7日閲覧。
  32. ^ 衆議院公害対策並びに環境保全特別委員会議事録 第84回国会議事録 1978年5月18日付参照
  33. ^ “1977(昭和52)年9月 王貞治”. 共同通信. (2013年4月17日). オリジナルの2014年2月7日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140207220348/http://www.kyodo.co.jp/photo-archive/kokumineiyo/attachment/pr2004051400144-2/ 
  34. ^ “華僑華人與奧林匹克:日本“棒球之神”王貞治”. 人民網. (2008年7月15日). オリジナルの2016年3月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160304105320/http://chinese.people.com.cn/BIG5/7513741.html 

参考文献[編集]

  • 『小学館の図鑑NEO 鳥』 小学館、2002年、41頁
  • 日高敏隆監修 樋口広芳、森岡弘之、山岸哲編 『日本動物大百科 第3巻 鳥類Ⅰ』 平凡社、1996年、163-164、166頁
  • 宮崎学 『鷲鷹ひとり旅』 平凡社、1987年、93-100頁。
  • 財団法人 日本鳥類保護連盟 『鳥630図鑑』 1998年、252頁
  • 叶内拓哉、安部直哉、上田秀雄 『新版 日本の野鳥』 山と渓谷社、2014年、548頁

関連項目[編集]

外部リンク[編集]