ミス・ワールド

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ミス・ワールド(Miss World)は1951年イギリスロンドンで第1回大会が行われて以来、毎年開催されている世界を代表するミス・コンテスト

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[編集] 歴史

1951年ビンゴ・ホールの経営者であったエリック・モーリーが「Festival Bikini Contest」という名のイベントを企画した。これは、そのころ広まりつつあったビキニを着た女性の美人コンテストでありイギリスのみならず各国から参加者を集めたもので、スウェーデンから来た女性が優勝した。このイベントを新聞などが好奇心たっぷりに「ミス・ワールド」の名で報じたのが、この名の誕生の由来である。モーリーは、一度限り・単発のイベントとしてビキニコンテストを開催したが、この影響で、翌年からミス・ユニバースが始まったほか、後年のミス・インターナショナルミス・アースといった世界のミスコンが行われるようになった。

ミス・ユニバースの開催に刺激され、モーリーは世界で一番の美女を探そうという「ミス・ワールド」を毎年開催することに決めた。第2回のミス・ワールドは、ビキニに替えてより刺激の少ない水着コンテストが行われた。1959年から、BBCがコンテストの模様を放送するようになり、テレビの普及とともにミス・ワールドも人気イベントとなっていった。

1980年代には「目的のある美」をスローガンとして単なる美人コンテストからの脱却を図ろうとし、美貌のほかに知性や個性も選考基準に加えるように基準を改めた。1990年代に入りテレビ中継される国はほぼ全世界におよび視聴者は20億人に達したが、一方で発祥の地イギリスでは古いタイプの見世物であり政治的に正しくないとの批判を浴びるようになり、1998年にFiveが放送を再開するまでイギリスでは1988年からの10年間放送されないという事態になった。

2000年に創設者エリックが死去して以降、現在のミス・ワールド機構会長はエリックの妻ジュリア・モーリーである。ジュリアの指揮した2001年大会はナイジェリア人が優勝し初のアフリカからのミス・ワールドが誕生したほか、コンテストの裏側の候補者の素顔や浜辺での水着シーンの放送、視聴者が電話やネットで投票に参加するなどリアリティ番組の要素が導入された。

コンテストは1990年代以降、ロンドンを離れて世界各地のリゾート地を中心に開催されている。2003年から2005年までの決勝誘致に成功した中国・海南省三亜など、リゾート地ではミス・ワールド決勝を誘致する動きが盛んだが、一方で宗教や地元の慣習との軋轢も起こっている。1996年バンガロール大会では現地のヒンドゥー教関係者や一般市民から開催反対運動を起こされた。また2002年大会ではナイジェリアの首都アブジャで開催される予定だったが、北部ナイジェリア出身のナイジェリア代表が地元ムスリム指導者から姦淫の罪で石打ちの刑にすると脅される事態となり、これを受けヨーロッパを中心に各国代表が辞退したり各国政府がナイジェリア代表の救済のために動いた結果、決勝開催地はロンドンに移された。

世界大会は200カ国以上で中継されている。2006年の第56回大会はポーランドの首都ワルシャワで行われ、チェコ代表が優勝した。

[編集] ミス・ワールド機構

ミス・ワールド機構(Miss World Organization)は世界の耳目を集めるミス・ワールド決勝を毎年開催・運営する。1951年の創設以来、ミス・ワールド機構は2億5,000万ポンド以上を子供たちへの寄付にあててきた。またミス・ワールド予選を行うフランチャイズ組織を世界140カ国で認定している。

[編集] コンテスト

ミス・ワールドの栄冠への道は長い。世界決勝の前年に、各国の候補者は国内予選で優勝するか、「ミス・ワールド」の名称を使用することを許可された各国フランチャイズ組織によって国家代表として認定されなければならない。各国代表が集結する世界決勝は1ヶ月もの長さに及ぶ。数回に及ぶさらなる選抜、その合間のパーティーやディナー、舞踏会、奉仕活動が続き、最後には各国代表は15人から20人まで絞られて世界に中継される決勝に臨む。

2003年以降は、世界決勝の期間中にファースト・トラックというイベントが入るようになった。これらのイベントで優勝した者は自動的に決勝に勝ち進む。これらのイベントは毎年内容が変わるが、以下はその一例である。

  • ビーチ・ビューティー(浜辺での水着コンテスト。毎回開催)
  • タレント(知性を競う)
  • ミス・スポーツ(体力を競う)
  • ビューティー・ウィズ・ア・パーパス(「目的のある美」、各国代表が地元で行ってきた社会奉仕活動の有意義さを審査する)
  • トップ・モデル
  • パーソナリティー
  • ピープル・チョイス(視聴者選考)
  • コンテスタンツ・チョイス(出場者同士の選考)

[編集] 歴代のミス・ワールド

ミス・ワールド 会場
1951 Kicki Håkansson スウェーデン イギリスロンドン
1952 May Louise Flodin スウェーデン イギリス・ロンドン
1953 デニス・ペリエ フランス イギリス・ロンドン
1954 Antigone Costanda エジプトの旗 エジプト イギリス・ロンドン
1955 Carmen Susana Duijim Zubillaga ベネズエラ イギリス・ロンドン
1956 Petra Susanna Schürmann 西ドイツ イギリス・ロンドン
1957 Marita Lindahl フィンランド フィンランド イギリス・ロンドン
1958 Penelope Anne Coelen 南アフリカ連邦 イギリス・ロンドン
1959 Corinne Rottschafer オランダ イギリス・ロンドン
1960 Norma Gladys Cappagli アルゼンチン イギリス・ロンドン
1961 ローズマリー・フランクランド イギリス イギリス・ロンドン
1962 Catharina Johanna Lodders オランダ イギリス・ロンドン
1963 キャロル・ジョーン・クロフォード ジャマイカ イギリス・ロンドン
1964 アン・シドニー イギリス イギリス・ロンドン
1965 レズリー・ラングリー イギリス イギリス・ロンドン
1966 Reita Faria インド イギリス・ロンドン
1967 Madeleine Hartog Bell ペルー イギリス・ロンドン
1968 ペネロペ・プラマー オーストラリア イギリス・ロンドン
1969 Eva Von Rueber-Staier オーストリア ロイヤル・アルバート・ホール(イギリス・ロンドン)
1970 Jennifer Josephine Hosten グレナダの旗 グレナダ イギリス・ロンドン
1971 Lucia Tavares Petterle ブラジル イギリス・ロンドン
1972 ベリンダ・ローマ・グリーン オーストラリア イギリス・ロンドン
1973 マージョリー・ウォーレス アメリカ合衆国 イギリス・ロンドン
1974 ヘレン・モーガン イギリス イギリス・ロンドン
Anneline Kriel 南アフリカ共和国
1975 Wilnelia Merced Cruz プエルトリコ イギリス・ロンドン
1976 Cynthia Jane "Cindy" Breakspeare ジャマイカ イギリス・ロンドン
1977 Mary Ann Catrin Stavin スウェーデン イギリス・ロンドン
1978 Silvana Rosa Suárez アルゼンチン イギリス・ロンドン
1979 Gina Ann Cassandra Swainson バミューダ諸島 イギリス・ロンドン
1980 Gabriella Brum 西ドイツ イギリス・ロンドン
キンバリー・サントス グアム
1981 Carmen Josefina "Pilin" Leon Crespo ベネズエラ イギリス・ロンドン、およびアメリカ合衆国マイアミ
1982 Mariasela Alvarez Lebron ドミニカ共和国 イギリス・ロンドン
1983 サラ=ジェーン・ウット イギリス イギリス・ロンドン
1984 Astrid Carolina Herrera Irrazábal ベネズエラ イギリス・ロンドン
1985 Hólmfríður Karlsdóttir アイスランド イギリス・ロンドン
1986 Giselle Jeanne-Marie Laronde トリニダード・トバゴ イギリス・ロンドンおよびマカオ
1987 Ulla Weigerstorfer オーストリア イギリス・ロンドンおよびマルタ
1988 Linda Pétursdóttir アイスランド イギリス・ロンドンおよびスペインマラガ
1989 Aneta Beata Kreglicka ポーランド ポーランド 香港会議展覧中心香港)および台湾台北
1990 Gina Marie Tolleson アメリカ合衆国 ロンドン・パラジウムおよびノルウェー
1991 Ninibeth Beatriz Leal Jimenez ベネズエラ ジョージア・ワールド・コングレス・センター(アメリカ合衆国アトランタ)および南アフリカ
1992 Julia Alexandrovna Kourotchkina ロシア ロシア Sun City Entertainment Centreサンシティ・南アフリカ)
1993 リサ・ハンナ ジャマイカ Sun City Entertainment Centreサンシティ・南アフリカ)
1994 アイシュワリヤー・ラーイ インド Sun City Entertainment Centreサンシティ・南アフリカ)
1995 Jacqueline Maria Aguilera Marcano ベネズエラ Sun City Entertainment Centreサンシティ・南アフリカ)、UAEドバイ、およびコモロ
1996 Irene Skliva ギリシャ バンガロール・クリケット・スタジアム(インドバンガロール)およびセーシェル
1997 ダイアナ・ヘイデン インド Plantation Club(セーシェル、Baie Lazare
1998 Linor Abargil イスラエル Lake Berjaya Mahe Resort(セーシェル、マヘ島Port Glaud)、およびフランスパリ
1999 Yukta Mookhey インド オリンピア(イギリス・ロンドン)およびマルタ
2000 Priyanka Chopra インド ミレニアム・ドーム(イギリス・ロンドン)およびモルジブ
2001 Ibiagbanidokibubo "Agbani" Asenite Darego ナイジェリア Sun City Entertainment Centreサンシティ・南アフリカ
2002 アズラ・アキン トルコ アレクサンドラ・パレス(イギリス・ロンドン)およびナイジェリア
2003 ロザンナ・デービソン クリス・デ・バーの娘 アイルランド Crown of Beauty Theatre中華人民共和国三亜)、北京上海西安
2004 マリア・フリア・マンティージャ ペルー Crown of Beauty Theatre中華人民共和国三亜
2005 ウンナー・ビルナ・ヴィヒャルスドッティル アイスランド Crown of Beauty Theatre中華人民共和国三亜
2006 タタナ・クハロヴァ チェコ チェコ 文化科学宮殿ポーランド・ワルシャワ)
2007 張梓琳 中国 Crown of Beauty Theatre中華人民共和国三亜
2008 クセーニャ・スヒノワ ロシア ロシア サントン・コンベンションセンター(南アフリカ共和国ヨハネスブルグ

[編集] 優勝者出身国

2008年現在

Titles Country
5 インドベネズエラ
4 イギリス (ほか1名が1974年に辞退)
3 アイスランドジャマイカスウェーデン
2 アルゼンチンオーストラリアオーストリアオランダペルー南アフリカアメリカ合衆国トルコロシア
1 バミューダブラジルチェコドミニカ共和国エジプトフィンランドフランスドイツギリシャグレナダグアムアイルランドイスラエルナイジェリアポーランドプエルトリコロシアトリニダード・トバゴ中華人民共和国

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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