ミス・ビードル号
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ミス・ビードル号(Miss Veedol)は、日本からアメリカ本土までの最初の太平洋無着陸飛行に成功した飛行機である。
[編集] 概要
青森県淋代海岸を離陸したクライド・パングボーンとヒュー・ハーンドンの乗ったミス・ビードル号は1931年10月5日、ワシントン州ウェナッチ市に着地し、北太平洋を無着陸で横断した最初のパイロットとなった。41時間の飛行であった。パングボーンとハーンドンは1931年のハーモン・トロフィー(その年に最も優れた飛行を行ったパイロットに贈られる賞)を受賞した。
ミス・ビードル号は1931年型のベランカ スカイロケットJ-300型の長距離改造型である。800ガロンの燃料を搭載できた。パングボーンとハーンドンは日本滞在中に、さらに燃料の搭載量を増やし、空気抵抗低減のために主脚を切り離せるように改造した。950ガロンの燃料を搭載して離陸した。もともとは世界一周の早回り飛行が目的であったが日本に到着したころには、世界一周の早回り記録の更新は絶望的になっていたので、目標を太平洋無着陸飛行に変えたものである。アメリカに到着し、着陸できるワシントン州やオレゴン州の飛行場を探したがどこも悪天候のなかであったので、ハーンドンの故郷に近い、ウェナッチの近くに着陸することに決めた。ウェナッチでの着陸は、脚は太平洋に捨てていたので、胴体着陸した。機体はプロペラが折れるなど破損したが、修理可能でパングボーンとハーンドンも無事であった。
通常、歴史的な飛行を行った飛行機は保存されることが多いが、ミス・ビードル号はこの飛行の後すぐにイタリアの医者のパイロットに自家用機として売り払われた。1930年代にミス・ビードル号はビスケー湾を飛行中に行方不明となり、大西洋に沈んでしまった。
当時、アメリカの潤滑油のブランドにビードルというものがあったが、ミス・ビードル号の名前の由来がビードルがスポンサーになったことによるかどうかは不明である。

