ミケーレ・ピロ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ミケーレ・ピロ
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 1986年7月5日(28歳)
出身地 プッリャ州フォッジャ県サン・ジョヴァンニ・ロトンド
ロードレース世界選手権での記録
- MotoGPクラスに参戦 -
現在のチーム ドゥカティ・テストチーム(2013年)[1]
ゼッケン 51
レース数 65
優勝回数 1
表彰台回数 2
PP回数 1
FL回数 0
通算獲得ポイント 182
2012年の成績 15位 (43ポイント)

ミケーレ・ピロ ( Michele Pirro, 1986年7月5日 - ) は、イタリアプッリャ州フォッジャ県サン・ジョヴァンニ・ロトンド出身のオートバイレーサー。身長177cm・体重69kg[2]

2012年年までロードレース世界選手権MotoGPクラスに参戦。2013年からは、ドゥカティとMotoGPクラスのテストライダーを務める。

経歴[編集]

125cc時代[編集]

2004年にロードレースヨーロッパ選手権125ccクラスでチャンピオンを獲得、イタリア国内選手権(CIV)でシリーズ2位に入る活躍を見せ[3]2005年マラグーティのマシンを駆ってロードレース世界選手権125ccクラスにフル参戦デビューを果たした。第3戦中国GPで13位に入ったのが唯一のポイント獲得となり、年間ランキングは33位に終わった。翌2006年はWTRブラウエルチームに移籍しアプリリアのマシンを駆ったが、ノーポイントに沈んでしまった。

スーパーストック1000[編集]

2007年シーズン、ピロはスーパーバイク世界選手権(SBK)のヨーロッパラウンドでの併催イベントであるFIMスーパーストック1000選手権(STK1000)に活動の場を移した。ヤマハ・チーム・イタリアでYZF-R1を駆り、第3戦アッセンで初優勝を果たし[4]、年間ランキング7位で初年度を終えた。ロレンツィーニ・バイ・レオーニチームからの出場となった翌2008年は、勝利こそ挙げられなかったもののランキング5位に成績を伸ばした[5]

また2007年・2008年には、イタリア国内選手権のスーパーストッククラスにも参戦。2年連続でチャンピオンとなっている[6]

スーパースポーツ世界選手権[編集]

2009年シーズン、ピロはロレンツィーニ・バイ・レオーニチームからYZF-R6を駆ってスーパースポーツ世界選手権(WSS)に参戦することとなった。初年度のベストリザルトは最終戦ポルティマオでの6位、シリーズランキングでは12位を記録した[7]。また並行参戦したイタリア選手権スーパースポーツクラスではチャンピオンとなった[6]

2010年はテンケイト・ホンダチームに移籍。ケナン・ソフォーグルのチームメイトとしてCBR600RRを駆ったピロは、第2戦ポルティマオで初表彰台(3位)を獲得、そして第12戦イモラで初優勝を果たし、年間ランキングでは5位に入る活躍を見せた[8]

Moto2[編集]

また2010年シーズンには、ロードレース世界選手権第13戦アラゴンGPMoto2クラスのレースに、負傷欠場のウラジミール・イワノフの代役としてグレシーニ・レーシングからスポット参戦。予選8位・決勝14位という成績を残した。この走りが評価され、2011年シーズン、スーパースポーツ世界選手権(WSS)からMoto2にスイッチ。高橋裕紀のチームメイトとして、モリワキMD600を駆ってグレシーニ・レーシングよりフル参戦を開始することとなった[9]

MotoGPカテゴリーとしては125cc時代からおよそ5年ぶりの復帰となったが、ピロは良く順応し、雨の第6戦イギリスGPでは3位に入って初表彰台を獲得。亡きチームメート、マルコ・シモンチェリ選手(MotoGPクラス)の追悼レースとなった最終戦バレンシアGPのMoto2クラスで、キャリア初ポールポジションPP)を獲得し、決勝レースでは、小雨が断続的に降る難しいコンディション。が、好スタートを切ったピッロは6周目にトップ立つと後続を引き離して27周を激走、みごと初優勝を達成、僚友に追悼の1勝を捧げた。シリーズランキングでは、ルーキー勢3番手となる8位に進出した。  

MotoGP[編集]

2012年はMotoGPクラスにステップアップし、同チームからCRTマシン(FTR製シャーシにCBR1000RRエンジンを搭載したマシン)で参戦。
新レギュレーション1年目ということもあり、マシンは熟成度が低く、ピロはパフォーマンスに苦しみ中下位での戦いを強いられた。しかしながら、最終戦バレンシアGPでは、初優勝を遂げた昨年のレースコンディションを思わせるウェットレースとなり、荒れた内容のレースを読み切り、CRTカテゴリーとしては最高位となる5位に進出した。ピロはこのレースを振り返り、「昨年優勝した時のように、マルコの手を肩に感じることができた」とコメントしている。

2013年は、ドゥカティ・チームのテストライダーに就任。レギュラーライダーとしてのシートは譲る形となった。当初は、母国イタリアのレースを中心に、3戦のワイルドカードでの参戦が予定されていたが、シーズン開幕後、サテライトチームから参戦していたベン・スピーズの負傷による長期離脱が決定。代わって、ピロが代役参戦を務めることとなった。スピーズは結局シーズン閉幕まで復帰することができず、ピロは合計10戦に出場した。参戦した全てのレースでポイントを獲得、レースによってはレギュラーライダーであるアンドレア・イアンノーネより前でチェッカーを受けるなど活躍し、シリーズランキングもイアンノーネに次ぐ14位を記録した。レースに参戦しながらテストライダーとしての役割も担う等多忙なシーズンとなり、テストスケジュールの都合でシーズン終盤は代役の役目をヨニー・エルナンデスに譲った。ピロ自身は2014年もテストライダーを継続することを発表し、エルナンデスもレギュラーシートを引き継ぐ形でドゥカティの一員となった。

スーパーバイク世界選手権[編集]

2013年9月13日に、スーパーバイク世界選手権にチーム・ドゥカティ・アルスタから参戦するカルロス・チェカが第11戦イスタンブールで転倒、骨盤を骨折したため2013年中の復帰が絶望となる。第12戦ラグナセカはニッコロ・カネパが代役参戦する。第13戦マニクールからはカネパに代わり、ピロが同チームから代役参戦ライダーに指名される。

主なレース戦績[編集]

スーパースポーツ世界選手権[編集]

シーズン バイク 出走 優勝 表彰台 PP FL ポイント シリーズ順位
2009年 ヤマハYZF-R6 14 0 0 1 0 70 12位
2010年 ホンダCBR600RR 12 1 2 1 1 99 5位
合計 26 1 2 2 1 169

ロードレース世界選手権[編集]

  • 凡例
  • ボールド体のレースはポールポジション、イタリック体のレースはファステストラップを記録。
シーズン クラス バイク 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 順位 ポイント
2003年 125cc アプリリア JPN RSA SPA FRA ITA
29
CAT NED GBR GER CZE POR BRA PAC MAL AUS VAL NC 0
2004年 125cc アプリリア RSA SPA FRA ITA
19
CAT NED BRA GER GBR CZE POR JPN QAT MAL AUS VAL
16
NC 0
2005年 125cc マラグーティ SPA
Ret
POR
19
CHN
13
FRA
Ret
ITA
19
CAT
Ret
NED
Ret
USA GBR
Ret
GER
Ret
CZE
Ret
JPN
Ret
MAL
Ret
QAT
Ret
AUS
Ret
TUR VAL 33位 3
2006年 125cc ホンダ SPA QAT
18
TUR
Ret
CHN
25
FRA
23
ITA
Ret
CAT
20
NED
Ret
GBR
Ret
GER
23
USA CZE
19
MAL
24
AUS
Ret
JPN POR VAL NC 0
2010年 Moto2 モリワキ QAT SPA FRA ITA GBR NED CAT GER CZE IND SMR ARA
14
JPN MAL AUS POR VAL 38位 2
2011年 Moto2 モリワキ QAT
8
SPA
9
POR
22
FRA
14
CAT
12
GBR
3
NED
17
ITA
Ret
GER
10
CZE
18
IND
20
RSM
14
ARA
Ret
JPN
13
AUS
14
MAL
7
VAL
1
9位 84
2012年 MotoGP FTR QAT
NC
SPA
Ret
POR
14
FRA
14
CAT
14
GBR
13
NED
9
GER
Ret
ITA
DSQ
USA
Ret
IND
Ret
CZE
14
RSM
10
ARA
15
JPN
15
MAL
12
AUS
14
VAL
5
15位 43
2013年 MotoGP ドゥカティ QAT
AME
SPA
FRA
ITA
CAT
NED
GER
USA
IND
CZE
GBR
RSM
ARA
MAL
AUS
JPN
VAL
NC* 0

脚注[編集]

外部リンク[編集]