ミア・コウト

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ミア・コウト
Mia Couto
Mia Couto.jpg
誕生 アントーニオ・エミーリオ・レイテ・コウト
(António Emílio Leite Couto)
1955年7月5日(57歳)
モザンビークの旗 モザンビークベイラ
職業 ジャーナリスト詩人小説家生物学者[1]
国籍 モザンビークの旗 モザンビーク
代表作 『夢遊の大地』(Terra Sonâmbula ,1992)
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ミア・コウトMia Couto,1955年7月5日-)とは、モザンビーク出身の作家である。彼のポルトガル語作品は22以上の国で出版され、広く翻訳されている。ポルトガル系モザンビーク人

目次

略歴 [編集]

コウトはアントーニオ・エミーリオ・レイテ・コウトAntónio Emílio Leite Couto)として、ポルトガル人の入植者の一家の二世として生まれた。彼は母語のポルトガル語に加え、ンダウ語英語を第二言語として話す。

コウトはポルトガル系としては少数派の道を歩み、高校時代にモザンビーク解放戦線(FRELIMO)に入党し、FRELIMOの細胞として独立運動に加わった[1]。17歳でベイラから首都のロウレンソ・マルケス(現マプート)に出たコウトは医科大学に入学したものの、中退して党の指示に従いプロパガンダのため新聞社に入社した[1]。1975年のモザンビーク独立後、党の高官となっていたコウトは、雑誌や新聞の記者として働く一方で、文芸活動をも始めた。最初の小説『夢遊の大地』(Terra Sonâmbula ,1992)がジンバブエの国際書籍展で「20世紀のアフリカの書籍のうち、最も優れた12冊」に選ばれたことをきっかけに次第にコウトの詩や小説はモザンビークのみならず、ポルトガルアフリカ諸国、さらにはブラジルの読者にまで広く読まれるようになった[1]

様式的には、彼の作品は強く現代ラテンアメリカ文学魔術的リアリズムの影響を受けている。また。彼は文体にブラジルのギマランイス・ホーザの『大いなる奥地』の影響を受けている[1]

2007年4月に、コウトはラテン連合ロマンス語賞を受賞した最初のアフリカ人作家となった。コウトはポルトガル語世界で同賞を受賞した4人のうちの1人となり、12,000ユーロを獲得した。

作品 [編集]

脚註 [編集]

  1. ^ a b c d e 岸和田仁「モザンビークを世界に発信した男たち(下) E・モンドラーネとM・コウト」『ラティーナ』670号、2009年12月

参考文献 [編集]

  • 岸和田仁「モザンビークを世界に発信した男たち(下) E・モンドラーネとM・コウト」『ラティーナ』670号、2009年12月