マーディー・フィッシュ
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マーディー・フィッシュ |
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基本情報 |
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| ラテン文字名 | Mardy Fish |
| 国籍 | |
| 出身地 | 同・ミネソタ州エディナ |
| 生年月日 | 1981年12月9日 |
| 身長 | 187cm |
| 体重 | 81kg |
| 利き手 | 右 |
| バックハンド | 両手打ち |
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ツアー経歴 |
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| デビュー年 | 2000年 |
| ツアー通算 | 5勝 |
| シングルス | 2勝 |
| ダブルス | 3勝 |
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4大大会最高成績 |
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| 全豪 | ベスト8(2007) |
| 全仏 | 1回戦 |
| 全英 | 3回戦(2003・06) |
| 全米 | 2回戦 |
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キャリア自己最高ランキング |
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| シングルス | 17位 |
| ダブルス | 65位 |
| Template | |
| オリンピック | ||
|---|---|---|
| 男子 テニス | ||
| 銀 | 2004 | シングルス |
マーディー・フィッシュ(Mardy Fish, 1981年12月9日 - )は、アメリカ・ミネソタ州エディナ出身の男子プロテニス選手。2004年のアテネ五輪で男子シングルスの銀メダルを獲得した選手である。シングルス自己最高ランキングは17位(2004年3月)。これまでにATPツアーでシングルス2勝、ダブルス3勝を挙げる。身長187cm、体重81kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。
フィッシュの父親はテニスのティーチング・プロ(プロ選手の資格があるコーチ)で、彼の家族はマーディーが4歳の時にミネソタ州からフロリダ州ベロビーチに引っ越した。フィッシュは1999年、1年間アンディ・ロディックの家に同居したことがあり、2人は同じ高校のクラブで一緒に練習した間柄になる。2000年にプロ入り。2002年から男子テニス国別対抗戦・デビスカップのアメリカ代表選手になる。2003年度の男子ツアーで3大会に準優勝した後、同年10月中旬のスウェーデン・ストックホルム大会でツアー初優勝を果たす。2004年のアテネ五輪で、マーディー・フィッシュは男子シングルスの銀メダルを獲得した。準決勝でチリ代表のフェルナンド・ゴンザレスを 3-6, 6-3, 6-4 の逆転で破ったフィッシュは、金メダルをかけた決勝戦でゴンザレスと同じチリ代表のニコラス・マスーに 3-6, 6-3, 6-2, 3-6, 4-6 で敗れた。ところが、2005年にフィッシュは2度左手首の手術を受け、一時は世界ランキングを341位まで落としてしまった。
2006年にフィッシュは復活を果たし、4月のアメリカ・テキサス州ヒューストン大会の決勝戦でユルゲン・メルツァー(オーストリア)を破って優勝し、3年ぶりの男子ツアー2勝目を挙げた。同年のウィンブルドンから4大大会にも復帰し、フィッシュは2006年末の最終ランキングを47位まで戻した。それまでのフィッシュは、4大大会では3回戦進出止まりの成績だったが(2003年全豪オープン・2003年ウィンブルドン・2006年ウィンブルドン)、2007年の全豪オープンでついに準々決勝進出を果たす。フィッシュは1回戦で第4シードのイワン・リュビチッチ(クロアチア)を破って波に乗り、準々決勝で少年時代からの親友アンディ・ロディックと対戦したが、ロディックに 2-6, 2-6, 2-6 のストレートで完敗した。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- マーディー・フィッシュ公式サイト(英語)
- マーディー・フィッシュ (英語) - ATPツアーのプロフィール
- デビスカップ成績表

