マーティー・ワイルド

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マーティー・ワイルド
Marty Wilde
基本情報
出生名 Reginald Leonard Smith
別名 Zappo
出生 1939年4月15日(75歳)
イングランドの旗 イングランドロンドンブラックヒース
ジャンル ロックンロール
ロカビリー
ポップ
活動期間 1950年代後半 -
レーベル フィリップス・レコード
エピック・レコード
共同作業者 ザ・ワイルドキャッツ
公式サイト www.martywilde.com

レジナルド・レナード・スミス(Reginald Leonard Smith1939年4月15日 - )は、イギリスの歌手。マーティー・ワイルドとして広く知られている。 クリフ・リチャードビリー・フューリーと共に、ザ・ビートルズ出現以前のイギリスロックの創成期に活躍した。 ロカビリーの様な曲調で人気を博した。

家族[編集]

  • 妻:ジョイス・スミス(旧姓:ベイカー)
  • 長女:キム・ワイルド
  • 長男:リッキー・ワイルド
  • 次女:ロクサーヌ・ワイルド
  • 次男:マーティー・ワイルド Jr.

来歴[編集]

デビュー前[編集]

1957年、「ザ・ハウンド・ドッグス」というスキッフルのグループに所属し、「レグ・パターソン」という名でロンドンズ・コンダー・クラブで活動している時、ラリー・パーンズに注目された。そしてパーンズから、マーティー・ワイルド[1]の名を与えられる。そして、フィリップス・レコードと契約を結ぶ。

全盛期[編集]

1958年から1962年まで、ワイルドは、ザ・ワイルドキャッツをバックに従え、「エンドレス・スリープ」、「恋のティーンエイジャー」、「シー・オブ・ラヴ」といったヒットを飛ばす。

また、1959年には、ザ・ヴァーノン・ガールズという女性ボーカル・グループのメンバー、ジョイス・ベイカーと結婚した。これがきっかけで、当時の10代の女性の心が砕かれ、ワイルドのアイドルとしてのイメージが徐々に失われて行く。

作曲家として[編集]

1962年の「エヴァー・シンス・ユー・セッド・グッドバイ」を最後に、ヒットが出なくなったワイルドは、歌手活動と並行して、作曲家としても活動を始める。

同じ作曲家のジャック・ゲラーと、ザ・カジュアルズの「ジェサミン」[2]ルルの「アイム・ア・タイガー」、ステイタス・クオーの「アイス・イン・ザ・サン」等を作る。

また、実娘のキム・ワイルドにも、多数曲を作っている。

後年[編集]

1970年代前半、ザッポという名で、グラムロックにスタイルを変えたが、シングルを何枚か発表したのみで、すぐさまマーティー・ワイルドに戻す。

1980年代は、実娘キムのプロデューサー、作曲家として活動をする。

そして2010年代に入っても、全盛期の頃の歌声が衰える事なく、精力的にミュージシャン活動を続けている。

ディスコグラフィー[編集]

チャート入りしたシングル曲のみ述べる。

1958年 - Endless Sleep (4位)
1959年 - Donna (3位)
1959年 - A Teenager In Love (2位)
1959年 - Sea Of Love (3位)
1959年 - Bad Boy (7位)
1960年 - Johnny Rocco (30位)
1960年 - The Fight (47位)
1960年 - Your Seventeenth Spring (16位)
1961年 - Rubber Ball (9位)
1961年 - Hide And Seek (47位)
1961年 - Tomorrow's Clown (33位)
1962年 - Jezebel (19位)
1962年 - Ever Since You Said Goodbye (31位)

脚注[編集]

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  1. ^ 名前のマーティーは、1955年の映画、『マーティー』から取られた。また、パーンズは、ビリー・フューリー(怒り)やトミー・スティール(鋼)の様に、名字に力強い名前を付けている。ご多分に漏れず、レジナルド・スミスにもワイルド(野性)という力強い名を与えられている。
  2. ^ この曲では、「フレール・マンストン」という変名を使っている。

参考文献[編集]

関連項目[編集]