マーティンエアー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
マーティンエアー
Martinair
Martinair logo.svg
IATA
MP
ICAO
MPH
コールサイン
MARTINAIR
設立 1958年5月24日
ハブ空港 オランダの旗 オランダ スキポール空港
保有機材数 18
就航地 55
親会社 エールフランス‐KLM
本拠地 オランダの旗 オランダ アムステルダム
外部リンク http://www.martinair.com/

マーティンエアーまたはマーチンエアー Martinair)とは、オランダアムステルダムを本拠とする航空会社で、旅客便と貨物便あわせて世界各国50路線以上を運航している。旅客便の本拠地はアムステルダムのスキポール空港だが、貨物便のハブ空港は他に香港国際空港(中国)、マイアミ国際空港(アメリカ)、シャールジャ国際空港(アラブ首長国連邦)とジョモ・ケニヤッタ国際空港(ケニア)にも置かれている。

歴史[編集]

MACのDC-3型機、1961年

1958年5月24日に、J・マーティン・シュレーダー(J. Martin Schröder)により設立された1機の航空機と5名の社員からなるMartin's Air Charter (MAC)が、マーティンエアーの前身である。1963年にシュレーダーは会社の株式の49%を、均等に分割した上で4社に売却した(これらの4社は後にネドロイド(Nedlloyd)1社に合併)。さらにシュレーダーが保有していた50%超の株式も、後にKLMオランダ航空が買い取った。1966年には会社名をマーティンエアー・ホラントと変更し、米国便の運航が許可された1967年に会社は大きく成長した。1971年には保有機材の全てがジェット機となった。

1991年にはマーティンエアー・カーゴのサービスを開始するとともに、社名からホラントを取りマーティンエアーとした。1996年にはコロンビアのタンパ・カーゴ(Tampa Cargo)の株式の40%を取得した。1995年には、経営者のマーティン・シュレーダーが、民間航空業界に対する貢献が認められTony Jannus Awardを受賞した。彼は1998年に常勤役員から引退している。同年、欧州委員会はKLMがネドロイドから残りの株式を購入する申請を却下し、完全子会社化を否定した。2003年にはタンパ・カーゴの株式を買い増して保有率58%の主要株主となった。

2007年6月22日、マーティンエアーはKLMによる完全買収を望んでいる旨を公表した。2007年11月には貨物便と長距離国際便を除いて、短距離便全てを運休した。2008年2月には保有していたタンパ・カーゴの全ての株式をコロンビアのアビアンカ航空に売却した。2008年12月17日、欧州委員会より同年末のKLMによる完全買収が認められた旨を発表した。2009年2月5日、KLMは共に子会社であるマーティンエアーとトランサヴィアのブランドをKLMブランドに統一する計画があることを発表した。これは、KLMが従来のフラッグキャリアのサービスに加え、格安航空分野にも進出することを示している。マーティンエアーはこのプランにおいて長距離路線の格安便を運航する部門となる予定である。

主要路線[編集]

2009年5月現在、旅客便の主要路線は次の通り[1]

保有機材[編集]

B767-300ER PH-MCH

2009年5月現在、保有機材は次の通り[2]

旅客機
貨物機

重大事故[編集]

  • 1974年12月4日22時15分UTC頃:マーティンエアーのDC-8-55F型機(機体番号PH-MBH)がスリランカのコロンボ空港に着陸時に、40マイル東の山に墜落し、乗員乗客191名全員が死亡[3]
  • 1992年12月22日7時33分UTC頃:マーティンエアーのDC-10-30CF型機(機体番号PH-MBN)がポルトガルのファロ空港に着陸失敗し、滑走路から逸脱し火災。乗客乗員340名のうち56名が死亡。

関係項目[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ (Official page) Destination overview http://www.martinair.com/nl_en/destinations/
  2. ^ (Official page) About Martinair http://www.martinair.com/nl_en/about/
  3. ^ ASN Aviation Safety Database http://aviation-safety.net/database/operator/airline.php?var=5700