マーク・リッチ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

マーク・リッチ(Marc Rich, 1934年12月18日 - 2013年6月26日)は、ベルギー出身の起業家相場師スイスの商品取引大手であるグレンコア社の創設者。

来歴[編集]

ベルギーのアントウェルペンにてユダヤ人の家庭に生まれる。出生名は Marc David Reich1941年ナチを避けて一家で渡米。高校卒業後、ニューヨーク大学進むが一学期で退学。すぐにディーラーとして働き始め、貴金属取引の分野で頭角を現す。

1970年代のオイルショックの際には巧妙な原油取引により巨億の富を手にした。しかし、パートナーのピンカス・グリーン(Pincus Green)と共謀して脱税イランとの不正な石油取引を行った疑いで、1983年にアメリカの検察当局から起訴される。当時、リッチはスイスにいたが、FBIの「10大重要指名手配犯リスト」に名前が載ったためにアメリカに帰ることは事実上不可能になった。1984年には欠席裁判で有罪判決を受けた。

2001年、任期終了数時間前のクリントン大統領から恩赦が与えられた。しかし、これに先立ってリッチの元妻が民主党に総額100万ドル以上の献金を行っていたため、一部のメディアで「金で恩赦を買ったのではないか」と物議をかもした。クリントンの決定の裏側には、イスラエル政府からの嘆願や、リッチが献金していた名誉毀損防止同盟からの圧力も存在したと伝えられている。

リッチは赦免を獲得するや否や、石油・食料交換計画Oil-for-Food Programme)のスキャンダルに絡む事業でサッダーム・フセインと協力を行っている。

2013年6月26日、スイスルツェルンの自宅近くの病院にて死去[1]

私生活[編集]

長年に渡りスイスのツークで暮らした後、同国ルツェルン州のメッゲン市に居を移した。彼の邸宅(通称"La villa rose")はルツェルン湖の湖畔にあり、その周辺では厳重にプライバシーが守られている。スイスのほか、スペインにもスキーリゾートを所有していた。また、絵画収集を趣味とし、モネルノワールピカソの作品に囲まれて生活していた。

メディアに素顔をあらわすことは滅多にないが、一度だけ米国のテレビクルーに捕まってインタビューに応じたことがある。また、リッチの半生を描いたノンフィクションとして『メタル・トレーダー 地球を売買する男たち』(新潮文庫)がある。

参照[編集]

関連項目[編集]