マーガレット・キャンベル

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マーガレット・キャンベル
Margaret Campbell
生年月日 1883年4月24日
没年月日 1939年6月27日(満56歳没)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ミズーリ州セントルイス
死没地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 俳優
ジャンル 映画、舞台
配偶者 ジョセフ・スウィッカード(期間不明、後に離婚)
備考
息子により殺害された。

マーガレット・キャンベル(Margaret Campbell1883年4月24日 - 1939年6月27日)は、アメリカ合衆国女優無声映画期に活動し、性格俳優として知られていたが、自分の息子に殺害された。

経歴[編集]

ミズーリ州セントルイス生まれ。俳優の集団ブラムホール・プレイヤーズ(Bramhall Players)の主要な女優として活躍し、1910年代初期にブロードウェイで『ハムレット』と『ヴェニスの商人』のリバイバル版に出演した。

後にキャンベルは、ドイツ出身で当時彼女の夫であった俳優ジョセフ・スウィッカード(en:Josef Swickard)に従って映画界に入り、大抵の場合はかなり威厳のある女性役を演じた。キャンベルはトーキー時代の到来を期に、銀幕から身を引いている。 

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引退後は、ロサンゼルス市立大学(en:Los Angeles City College)で演劇を指導していた[1]

1939年、キャンベルは自身の息子によって殺害された。キャンベルは性的暴行を加えられた上、ハンマーで撲殺された。息子は他に当時32歳のロシア人のダンサー、アーニャ・ソソイェヴァ(Anya Sosoyeva)殺害と、当時18歳の女優デリア・ボガード(Delia Bogard)への暴行の罪で起訴された。後にダンサー殺害及び女優暴行については、デウィット・クリントン・クック(DeWitt Clinton Cook)と言う元業界紙記者の男が逮捕され、1941年1月31日サン・クウェンティン刑務所ガス室で処刑されている。これらの襲撃は、大学の構内で発生したのだった[1]

主な出演作品[編集]

映画[編集]

  • 『浮名を立てたリスル嬢』 The Notorious Miss Lisle(1920年)
  • 『悲しき情歌』 In the Heart of a Fool(1920年)
  • 『虚言を吐く唇』 Lying Lips(1921年)
  • 『侠骨男児』 Don't Shoot(1922年)
  • 『人生の曙』 Top o' the Morning(1922年)
  • 『死の勝利』 Legally Dead(1923年)
  • 『宇宙突破』 The Fast Worker(1924年)
  • 『家庭円満』 The Home Maker(1925年)
  • 『デニーのナポレオン』 One Hysterical Night(1929年)

舞台[編集]

  • Kassa(1909年)
  • ハムレット(1913年)
  • ヴェニスの商人(1913年)
  • Keeping Up Appearances(1917年、1918年)
  • Difference in Gods(1917年)
  • The Silent Assertion(1918年)
  • Lightnin'(1921年)

脚注[編集]

  1. ^ a b National Affairs: Crime TIME.COM 2011年8月7日閲覧。(英語)

外部リンク[編集]