マーガレット・オブ・ハンティングダン

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マーガレット・オブ・ハンティングダンMargaret of Huntingdon1145年 - 1201年)は、スコットランドの貴族女性。彼女の弟マルカム4世ウィリアム4世はいずれもスコットランド王位についた。

生涯[編集]

ハンティングダン伯ヘンリー(デイヴィッド1世の子)とエイダ・ドゥ・ウォーレンの次女として生まれた[1]。マーガレットには姉エイダ、妹にマージョリーとマティルダがいた。

1160年、ブルターニュ公コナン4世と結婚。結婚によってマーガレットはブルターニュ公妃、リシュモン伯爵夫人となった。マーガレットの出自と最初の結婚について、ピーターバラのベネディクトが推測を行っている。夫妻は一人娘のコンスタンスをもうけた。

1171年、コナン4世が死去し、マーガレットは26歳で寡婦となった。1171年の復活祭の少し前、マーガレットはイングランド貴族ハンフリー・ドゥ・ブーンと再婚した。夫妻は一男一女をもうけた。

  • ヘンリー(1176年 - 1220年) - 初代ヘリフォード伯
  • マーガレット

1181年、マーガレットはハンフリー・ドゥ・ブーンと死別した。彼女はイングランド貴族ウィリアム・フィッツパトリック・ハートバーンと再婚した。ハートバーンはダーラムにあるワシントンの所領を獲得した。夫妻は一男をもうけた。

  • ウィリアム(1183年頃 - 1239年頃)

マーガレットは1201年に亡くなり、ハンティングダンシャーにあるソートリー修道院に埋葬された。

脚注[編集]

  1. ^ Charles Cawley, Medieval Lands, Scotland, Kings