マーガレット・オブ・コノート
マーガレット・ヴィクトリア・シャーロット・オーガスタ・ノラ・オブ・コノート(Margaret Victoria Charlotte Augusta Norah of Connaught, 1882年1月15日 - 1920年5月1日)は、スウェーデン王グスタフ6世アドルフの最初の妃。スウェーデン語名ではマルガレータ(Margareta)と呼ばれた。夫の即位以前に死去しており、王妃にはなっていない。
イギリス王子コノート公アーサーと妃ルイーズ(プロイセン王族、フリードリヒ・ヴィルヘルム3世の曾孫))の娘として、ウィンザー城で生まれた。愛称をデイジー(Daisy)といい、5歳年下の妹パトリシアとともに、当時ヨーロッパでも指折りの美しい王女として知られていた。伯父エドワード7世は、姪たちにヨーロッパの王か王太子と縁づいてもらいたいと考えていた。1905年に一家で世界周遊旅行に出かけたマーガレットは、立ち寄ったポルトガルで王太子ルイス・フィリペ(カルルシュ1世の長男)の妻にと望まれるが、これは実現しなかった。同じくパトリシアも、訪問先のスペインでアルフォンソ13世妃にと望まれるが叶わなかった。
エジプト・スーダン訪問のため立ち寄ったカイロで、一家はスウェーデン王オスカル2世の孫息子グスタフ・アドルフ王子と出会った。マーガレットとグスタフは恋に落ち、瞬く間に婚約が成立。1905年6月に2人はウィンザー城で結婚し、2年後に王太子・王太子妃となった。
第一次世界大戦が始まると、マーガレットは赤十字社援助のために裁縫協会を設立した。パラフィン供給が低下するとロウソクのコレクションを提供した。
1920年5月1日、感染症による頭部手術を施される間に急逝した。その時、マーガレットは妊娠8ヶ月で第6子を身ごもっていたが死産した。