マンチェスター (タウン級軽巡洋艦)

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HMS Manchester (C15) 1942.jpg
艦歴
発注
起工 1936年3月28日
進水 1937年4月12日
就役 1938年8月4日
退役
その後 1942年8月13日に戦没
除籍
性能諸元
排水量 基準 9,400トン、満載 11,930トン
全長 591.6 ft (180 m)
全幅 64.9 ft (20 m)
吃水 20.6 ft (6 m)
機関 海軍式三胴型重油専焼缶4基+パーソンズ式オール・ギヤードタービン4基4軸推進
最大速力 32ノット(59 km/h)
乗員 750名
兵装 Mk XXIII 15.2cm(50口径)三連装砲4基
Mk XVII 10,2cm(45口径)高角砲連装4基
3ポンド砲単装2基
2ポンド4連装ポムポム砲2基
12.7mm四連装機銃2基
53.3cm水上魚雷発射管三連装2基
装甲 舷側:114mm(VP部、水線部のみ)
甲板:38mm(VP部のみ)
弾火薬庫:25~114mm
主砲塔:102mm(前盾)、51mm(側盾)、-mm(後盾)、-mm(天蓋)
航空兵装 水上機3基、カタパルト1基

マンチェスター (HMS Manchester, C15) はイギリス海軍タウン級軽巡洋艦グロスター級軽巡洋艦)。

艦歴[編集]

ホーソン・レスリー社ヘバーン造船所で1936年3月28日起工、1937年4月12日に進水し、1938年8月4日就役した。

9月24日にイギリスを離れ、スエズ運河経由で10月12日にアデンに到着して東インド艦隊に加わった[1]。それからトリンコマリーへ移り、インド各地やシンガポールアンダマン・ニコバル諸島およびアフリカ東岸各地を訪れた[2]。第二次世界大戦勃発時はアデンにあり、開戦後は船団護衛に従事[3]。1939年11月にイギリスに戻った[4]

1940年、マンチェスターはノルウェー作戦に参加。同年11月27日、スパルティヴェント岬沖海戦に参加した。1941年-1942年は北極海地中海ソ連行きやマルタ行きの船団の護衛などに従事していた。 1941年7月23日、サブスタンス作戦で船団護衛中にイタリア軍機の攻撃で大破した。

1942年8月、マンチェスターはペデスタル作戦に参加した。この作戦はマルタへの補給作戦であった。この作戦中の8月13日、マンチェスターはチュニジア沖でイタリアの魚雷艇(MS)の攻撃を受け沈没した。

脚注[編集]

  1. ^ Town Class Cruisers', pp.179-180
  2. ^ Town Class Cruisers', pp.180-182
  3. ^ Town Class Cruisers', pp182-183
  4. ^ Town Class Cruisers', p.183

参考文献[編集]

関連項目[編集]