マルク・ラヴリー

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マルク・ラヴリーמרק לברי, ラテン文字転写:Marc Lavry, 1903年12月22日 - 1967年3月24日)はイスラエル作曲家指揮者

ラトビアリガ出身。リガで音楽を学び、ライプツィヒ音楽院に留学した。その後、アレクサンドル・グラズノフに師事。1926年ベルリンに移住して劇場で仕事を始めた。1929年から1932年までベルリン交響楽団の指揮者を務めた。しかしナチス政権の成立した1933年にラトビアに帰り、リガ・オペラで働いた。1934年スウェーデンストックホルムに居を移し、さらに1935年パレスチナに移住した。

パレスチナに到着した1年後の1936年に交響詩「谷」を作曲した。これは彼のもっとも有名な作品の1つとなり、イスラエルを代表する音楽としてイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団の最初の世界ツアーで演奏された。

作品にはオペラオラトリオ交響詩などがあり、西アジアの民謡とユダヤ教の詠唱の影響を受けたものである。また振付師のゲルトルート・クラウスとともにイスラエルのバレエを打ち立てた。その他に合唱曲とアリアはイスラエル内外の合唱団と歌手のレパートリーとなっている。さらに作曲家としてのみならず指揮者としても活動し、1962年よりハイファ交響楽団の指揮者を務めた。

1967年ハイファで死去。