マルギット橋
| マルギット橋 | |
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Margaret Bridge, aerial photo
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| 正式名称 | Margit híd |
| 橋渡対象 | 二車線道路 |
| 交差 | ドナウ川 |
| 所在地 | |
| 設計 | エルネスト・ゴウアン (en) |
| 全長 | 637.5メートル (2,092 ft) |
| 幅 | 25メートル (82 ft) |
| 着工日 | 1872 |
| 完成日 | 1876 |
マルギット橋(洪:Margit híd)は、ハンガリー、ブダペストに位置し、ブダ地区とペシュト地区を結ぶドナウ川にかかる橋である。この橋はブダペストで北から2番目であり、また2番目に古い橋である。
目次 |
概要 [編集]
この橋の両端はジャーサイ・マリ広場(ナジケルートの北端)とゲルマヌス・ギュラ公園(センテンドレ行きのブダペスト郊外電車の停留所)となっている。また、この橋はマルギット島を経ており、マルギット島の両側で橋の角度が165°異なっていて、全体の長さは637.5m、幅は25mである。
歴史 [編集]
建設 [編集]
この橋はフランスの技師エルネスト・ゴウアンによってデザインされ、バティニョール製造会社によってエミーレ・ヌギエの監督の下、1872年から1876年にかけて建設された。現在、マルギット橋はブダペストではセーチェーニ鎖橋に次ぐ古い橋である。この橋はマルギット島の両側で橋の角度が165°異なっているが、この幾何学的配置になった理由は、マルギット島を経由することが急に決まったものの、資金不足により新しいデザイン作りが出来なかったことによる。
第二次世界大戦 [編集]
ブダペストの全ての橋は第二次世界大戦時、ドイツ国防軍の破壊工兵隊によって1945年1月のブダ側への退却時に破壊された。しかし、マルギット橋は1944年11月4日に既に不意の爆撃によって橋の東側に損傷を受けており、その際には600人の市民と40人のドイツ兵が死んでいた。再建に際しては、その壊れる前の橋の金属が川底から引き揚げられ、材料として用いられた。
2009年–2010年 [編集]
マルギット橋はブダペストで最も使い古された橋で、2009年8月21日から精密検査がなされた。2009年内には道路交通を遮断し、トラムのみが橋の上を運行した。
その工事は現在は終了しており、現在では歩行者、道路交通、トラムの全てが橋を再び通行することが出来る。
文化 [編集]
橋が落成されてすぐに、この橋は人々の個人的及び経済的な問題を引き受ける場所となり、つまり自殺者が多く出た。アラニ・ヤーノシュはこれに感化され、彼らに対するバラッドを作った。それはリーフレットで広く知られるようになり、ジチ・ミハーイの挿絵と共に紹介された。
ギャラリー [編集]
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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