マリー=アンリエット・ド・アブスブール=ロレーヌ
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マリー=アンリエット・ド・アブスブール=ロレーヌ(Marie-Henriette de Habsbourg-Lorraine,1836年8月23日 - 1902年9月19日)は、ベルギー国王レオポルド2世の王妃。
ハンガリー副王ヨーゼフ・アントン・フォン・エスターライヒとマリア・ドロテア・フォン・ヴュルテンベルクの末娘として、ハンガリー王国のペシュトで生まれた。
1853年に、ベルギーのレオポルド王子と結婚。2人の間には4子が生まれた。
- ルイーズ(1858年 - 1924年) - ザクセン=コーブルク=ゴータ公子フィリップ妃
- レオポルド(1859年 - 1869年) - ブラバント公
- ステファニー(1864年 - 1945年) - オーストリア皇太子ルドルフ妃
- クレマンティーヌ(1872年 - 1955年) - ナポレオン・ヴィクトル・ボナパルト夫人
長男レオポルド王子の死と、夫レオポルド2世との不和によって、マリー=アンリエットは次第に塞ぎ込むようになっていった。晩年には、公的な役割を第三王女のクレマンティーヌに任せ、温泉地であるスパに隠棲した。マリー=アンリエットは1902年に亡くなり、遺骸はラーケンのノートルダム・ド・ラーケン教会にある王室納骨堂に埋葬された。