マリー・フォン・プロイセン (1825-1889)
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マリー・フォン・プロイセン(Marie von Preußen, 1825年10月15日‐1889年5月17日)は、プロイセン王国の王族。プロイセン王子ヴィルヘルムの四女で、バイエルン王マクシミリアン2世の王妃となった。全名はマリー・フリーデリケ・フランツィスカ・ヘートヴィヒ(Marie Friederike Franziska Hedwig)。
1825年10月15日、プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム2世の第4王子ヴィルヘルムとヘッセン=ホンブルク方伯フリードリヒ5世の娘であるマリアンネの間に第八子(末子)としてベルリンで生まれた。1842年に当時バイエルン王太子だった後のマクシミリアン2世と結婚。夫が1848年に国王に即位したことに伴いバイエルン王妃となる。1864年に夫が歿して長男ルートヴィヒ2世が即位するとマリーは王太后となった。
マリーは1889年5月17日にホーエンシュヴァンガウ城で死去し、ミュンヘンのテアティナー教会に葬られた。
子女 [編集]
夫であるマクシミリアン2世との間には以下の二男をもうけた。
- ルートヴィヒ・オットー・フリードリヒ・ヴィルヘルム (1845年 - 1886年、バイエルン王)
- オットー・ヴィルヘルム・ルイトポルト・アーダルベルト・ヴァルデマール (1848年 - 1916年、バイエルン王)