マリー・ド・リュクサンブール=サン=ポル

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マリー・ド・リュクサンブールMarie de Luxembourg(-Saint-Pol), ? - 1547年4月1日)は、ヴァロワ朝期のフランスの貴族女性。サン=ポル女伯、マルル女伯、ソワソン女伯。サン=ポル伯ピエール2世とその妻でサヴォイア公ルドヴィーコの娘であるマルグリット・ド・サヴォワの間の娘[1][2]。1482年に父を亡くし、3つの伯爵領を相続した。1484年、母方の叔父にあたるローモン伯ジャック英語版サヴォイア公ルドヴィーコの息子の一人)と結婚したが、2年後の1486年に死別した。翌1487年、ブルボン家の公子でプランス・デュ・サン英語版の称号を持つヴァンドームフランソワと再婚した。

子女[編集]

最初の夫ローモン伯との間に娘を1人もうけた。

2番目の夫ヴァンドーム伯との間に6人の子女をもうけた。

脚注[編集]

  1. ^ Bonnabelle, Claude (French). Étude sur les seigneurs de Ligny de la maison de Luxembourg, la ville et le comté de Ligny. Mémoires de la Société des lettres, sciences et arts de Bar-le-Duc. pp. 33–116. 
  2. ^ Schwennicke, Detlev, ed (1978). “Familien des Alten Lotharingien i” (German). Europäische Stammtafeln. Band VI (neue Folge ed.). Marburg. pp. 28–30. 
先代:
ピエール2世
ソワソン伯
マルル伯
2人の夫および長男シャルルと共同
1482年 - 1547年
次代:
ジャン
先代:
ピエール2世
サン=ポル伯
三男フランソワと共同
1482年 - 1547年
次代:
マリーフランス語版