マリー・ド・ブローニュ
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マリー・ド・ブローニュ(Marie de Boulogne, 1136年 - 1182年)は、ブローニュ女伯(在位:1159年 - 1170年)。父はイングランド王スティーヴン、母はブローニュ女伯マティルド。
修道女として過ごしていたが、1153年に兄ウスタシュ4世が、1159年に弟ギヨーム1世が跡継ぎなしに早逝して兄弟姉妹の唯一の生き残りとなったため、ブローニュ伯を相続、翌1160年にフランドル伯ティエリ・ダルザスの次男マチューと結婚した。マリーはイド(1160年 - 1216年)とマティルド(1170年 - 1210年)の2女を儲けたものの、1170年にマチューと離婚、修道院に戻ることになり、1182年に亡くなった。
その後、ブローニュはマシューの単独統治となったが1173年に戦死、長女イドが相続した。次女マティルドはブラバント公アンリ1世と結婚した。
備考 [編集]
素性不明の詩人マリー・ド・フランスの正体は、一説にマリー・ド・ブローニュであるとされる。
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