マリー・ド・クレーヴ (1426-1487)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

マリア・フォン・クレーフェ:Maria von Kleve)またはマリー・ド・クレーヴ:Marie de Clèves, 1426年9月19日 - 1487年8月23日)は、フランス王家傍系のオルレアン公シャルルの3番目の妻で、フランス王ルイ12世の母。

クレーフェ=マルクアドルフとその2番目の妻でブルゴーニュジャン1世(無畏公)の娘であるマリー(1394年 - 1464年)の間の六女として生まれた。1440年11月6日にサントメールにおいて、ヴァロワ=オルレアン家の当主シャルルと結婚した。花嫁が14歳の少女だったのに対し、花婿は49歳で老境に差し掛かっており、2人の妻を亡くした男やもめだった。しかし夫婦仲は良好だったとされ、マリーは結婚して16年間は子供が出来なかったが、その後3人の子供に恵まれた。

  • マリー(1457年 - 1493年) - 1476年、エタンプ伯ジャン・ド・フォワと結婚
  • ルイ12世(1462年 - 1515年) - フランス王
  • アンヌ(1464年 - 1491年) - フォントヴロー女子修道院長

参考文献[編集]

  • Jiří Louda, Michael MacLagan: Lines of Succession. Heraldry of the Royal Families of Europe. Little, Brown and Company, London 1999, ISBN 0-316-84820-4.

外部リンク[編集]