マリー・アデライード・ド・サヴォワ

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マリー・アデライード・ド・サヴォワ (1709年)
マリー・アデライード・ド・サヴォワ

マリー・アデライード・ド・サヴォワ(Marie Adélaïde de Savoie, 1685年12月6日 - 1712年2月12日)は、フランス王太子(ドーファンブルゴーニュ公ルイの妃。フランスルイ15世の母。サヴォイア公(後に初代サルデーニャ王)ヴィットーリオ・アメデーオ2世と王妃アンナ・マリーアオルレアン公フィリップ1世の娘)の長女。イタリア語名はマリア・アデライーデ・ディ・サヴォイア(Maria Adelaide di Savoia)。妹マリア・ルイーザはブルゴーニュ公の弟であるスペインフェリペ5世の最初の妃となっている。

1697年ルイ14世の長男ルイ(王太子、グラン・ドーファン)の長男で又従兄にあたるブルゴーニュ公ルイと結婚した。政略結婚であったが、2人の仲は睦まじかった。2人の間には3男が生まれた。1704年に生まれた長男は1歳に満たずに夭折したが、1707年に次男、1710年に三男が生まれている。

1711年にグラン・ドーファンが死去したため、代わって夫が王太子に立てられた(プチ・ドーファンと呼ばれる)。しかし翌1712年に天然痘(あるいは麻疹)が一家を襲い、2月12日にマリー・アデライードが、2月18日にブルゴーニュ公が、3月8日に次男が相次いで死去した。難を逃れた三男が1715年、曾祖父ルイ14世の死後にルイ15世として即位した。

子女[編集]

  • ルイ(1704年 - 1705年) - ブルターニュ公
  • ルイ(1707年 - 1712年) - ブルターニュ公
  • ルイ(1710年 - 1774年) - アンジュー公、フランス王