マリーノ・ファリエロ

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マリーノ・ファリエロの処刑、ウジェーヌ・ドラクロワ画、1827年

マリーノ・ファリエロ (Marino Faliero, 1285年 - 1355年4月17日)は、ヴェネツィアの第55代元首(ドージェ)。マリーン・ファリエル(Marin Falier)とも呼ばれる。1354年9月に元首となった。

マリーノは、1355年に自身が世襲君主となるべくクーデターを起こした。ヴェネツィア貴族への強い憎しみと、自身の年齢に由来する思考能力の低下(マリーノは当時70歳だった)により、失敗の見える行動を起こしたとみなされた。彼は自身の全ての罪を弁護し、処刑され、死後に四肢を切り刻まれた。他に10人の協力者が、処刑された後ドゥカーレ宮殿の外に吊された。

彼は記録抹殺刑に処せられ、初代元首から76代までの元首の肖像が飾られる宮殿内には彼のものはない。(元首の肖像が飾られているエリアの一角に、肖像画の代わりに黒いバナーが描かれている箇所があり、そこがマリーノ・ファリエロの場所である)

フィクションの中のファリエロ[編集]

バイロンが、彼を主人公に戯曲『マリーノ・ファリエロ』(1820年)を書いた。それを題材に作曲家ガエターノ・ドニゼッティオペラ『マリーノ・ファリエロ』を作曲し、1835年パリで初演された。