マリア・クリスティーナ・フォン・エスターライヒ (1574-1621)

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マリア・クリスティーナ

マリア・クリスティーナ・フォン・エスターライヒ=シュタイアーマルク(Maria Christina von Österreich-Steiermark、1574年11月10日 - 1621年4月6日)は、トランシルヴァニア公バートリ・ジグモンドの妃。ハンガリー語名はマーリア・クリスティエルナ・オストラーク・フェヘルツェグネ(Mária Krisztierna osztrák főhercegnő)。

オーストリア大公カール2世と妃マリア・アンナの間の次女として、グラーツで生まれた。1595年、シグモンドと結婚したが、1599年4月に彼はマリアと離婚した。マリアはオーストリアへ戻り、同年8月にローマ教皇クレメンス8世によって結婚は無効とされた。1607年、マリアはハル・イン・ティロル(Hall in Tirol)のイエズス会修道院へ入り、1621年に死去した。