マリア・アンナ・ヨーゼファ・フォン・エスターライヒ (1683-1754)

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マリア・アナ王妃

マリア・アンナ・ヨーゼファ・フォン・エスターライヒ (Maria Anna Josepha von Österreich, 1683年9月7日 - 1754年8月14日)は、ポルトガルジョアン5世の王妃。神聖ローマ皇帝レオポルト1世と皇后エレオノーレ・マグダレーネの娘として生まれた。ポルトガルではマリア・アナ・デ・アウストリア(Maria Ana de Áustria)と呼ばれた。

1708年、母方の従弟にあたるジョアンと結婚、7子の母となった。

1742年、卒中を起こし体の一部に麻痺が残った王の代わりに、国務を司った。1750年にジョアンが亡くなると、王太子ジョゼに受け継いだ。

1754年の死後、遺体はリスボンに葬られたが、心臓ウィーンに運ばれ、皇室の納骨堂に納められた。