マノエル・ド・オリヴェイラ
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| Manoel de Oliveira マノエル・ド・オリヴェイラ |
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2008年、シネマテーク・フランセーズにて |
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| 本名 | Manoel Cândido Pinto de Oliveira |
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| 生年月日 | 1908年12月11日(104歳) |
| 出生地 | |
| 職業 | 映画監督 |
| ジャンル | 映画 |
| 活動期間 | 1931年 - 現在 |
| 主な作品 | |
| 『アブラハム渓谷』 | |
マノエル・ド・オリヴェイラ(Manoel de Oliveira [mɐnuˈɛɫ doliˈvɐjɾɐ], 1908年12月11日 - )は、ポルトガル・ポルト県ポルト出身の映画監督。2013年1月現在104歳で、現役最高齢の劇映画監督である[1]。
日本ではかつて「マノエル・デ・オリヴェイラ」と表記されていたが、ポルトガル語では「e」が無音になるため、『クレーヴの奥方』(日本では2001年公開)以後は「ド」に変更されて紹介されている。また、「マヌエル」の表記も用いられてきたが、本人の希望は「マノエル」である[2]。
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略歴 [編集]
若い頃は俳優を志し、スペインやイタリアで学んだ。
監督デビューは23歳と早かったが、本格的かつ定期的に作品を創り上げるようになったのは60歳を過ぎてからである。その後、幾度かの監督業休眠期間を経て、63歳の時に撮った『過去と現在 昔の恋、今の恋』(1971年)以降、再び映画の演出を開始、1980年代に入り70歳を過ぎてからは1年に1作に近いペースで新作を撮り続けている。
2006年、97歳の時に『夜顔』を撮り上げた。2007年の第60回カンヌ国際映画祭オムニバス映画『それぞれのシネマ』に参加、3分の短篇を撮る。2007年『コロンブス 永遠の海』を、2009年『ブロンド少女は過激に美しく』を監督。『ブロンド少女は過激に美しく』の撮影中に100歳の誕生日を迎えた。その後2010年の新作『O Estranho Caso de Angélica』を撮り上げ、さらに新作の撮影にとりかかっている。
主な監督作品 [編集]
- ドウロ河 Douro, Faina Fluvial(1931年)
- アニキ・ボボ Aniki Bóbó(1942年)
- 春の劇 Acto da Primavera(1963年)
- 過去と現在 昔の恋、今の恋 O Passado e o Presente(1972年)
- フランシスカ Francisca(1981年)
- 文化都市リスボン Lisboa Cultural(1983年)
- 繻子の靴 O Sapato de Cetim(1985年)
- カニバイシュ Os Canibais(1988年)
- ノン、あるいは支配の虚しい栄光 'Non', ou A Vã Glória de Mandar(1990年)
- 神曲 A Divina Comédia(1991年)
- アブラハム渓谷 Vale Abraão(1993年)
- 階段通りの人々 A Caixa(1994年)
- メフィストの誘い O Convento(1995年)
- 世界の始まりへの旅 Viagem ao Princípio do Mundo(1997年)
- 不安 Inquietude(1998年)
- クレーヴの奥方 La lettre(1999年)
- 家路 Je rentre à la maison(2001年)
- 家宝 O Princípio da Incerteza(2002年)
- 永遠の語らい Um Filme Falado(2003年)
- O Quinto Império - Ontem Como Hoje(2004年)
- Espelho Mágico(2005年)
- 夜顔 Belle toujours(2006年)
- コロンブス 永遠の海 Cristóvão Colombo - O Enigma(2007年)
- それぞれのシネマ(2007年)※オムニバス映画、3分の短篇
- ブロンド少女は過激に美しく Singularidades de uma Rapariga Loura(2009年)
- O Estranho Caso de Angélica(2010年)
脚注 [編集]
外部リンク [編集]
- Manoel de Oliveira - インターネット・ムービー・データベース(英語)
- 『ブロンド少女は過激に美しく』原作、エッサ・デ・ケイロース著『ある金髪娘の奇行』日本語訳