マネー・ボール

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マネー・ボール
奇跡のチームをつくった男
Moneyball
The Art of Winning An Unfair Game
著者 マイケル・ルイス
訳者 中山宥
発行日 アメリカ合衆国の旗2003年
日本の旗2004年
発行元 アメリカ合衆国の旗W. W. Norton & Company
日本の旗ランダムハウス講談社
ジャンル ノンフィクション
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
形態 上製本
ページ数 288
コード ISBN 4270000120
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ビリー・ビーン

マネー・ボール』(原題:Moneyball: The Art of Winning An Unfair Game 「マネーボール:不公平なゲームに勝利する技術」)は、マイケル・ルイスによるアメリカ合衆国ノンフィクション書籍。邦訳版の副題は「奇跡のチームをつくった男」。

メジャーリーグの貧乏球団・オークランド・アスレチックスビリー・ビーンGMが、セイバーメトリクスと呼ばれる独自の手法を用いて、プレーオフ常連の強豪チームを作り上げていく様子を描いた。2003年に米国で発売され、ベストセラーになった。2011年ベネット・ミラー監督、ブラッド・ピット主演で映画化された。

概要[編集]

2002年のMLB球団別年俸総額。
アスレチックスは28位だったが、全球団で最高の103勝を記録した。

2000年代初頭のメジャーリーグは、財力のある球団とそうでない球団の格差が広がり、良い選手はことごとく金満球団へ引き抜かれる状況が続いていた。貧乏球団のオーナーからは、「もはや野球はスポーツではなく、金銭ゲームになってしまった」という嘆きの声が上がっていた。そんな中、リーグ最低クラスの年俸総額でありながら、黄金時代を築いていたチームがあった。ビリー・ビーンGMが率いるオークランド・アスレチックスである。毎年のようにプレーオフ進出を続け、2002年には年俸総額が1位のニューヨーク・ヤンキースの1/3程度だったにもかかわらず、全球団で最高の勝率を記録したのだ。アスレチックスはなぜ強いのか?多くの野球ファンが感じていた疑問の答えは、セイバーメトリクスを用いたチーム編成だった。

原題の直訳は「不公平なゲームに勝つ技術」であるが、これは資金力の差という不公平性の中で勝つためにセイバーメトリクスを駆使した、ということである。アメリカ国内での反響は大きく、絶賛を集めた一方で、保守的な野球観を持つ人々による(極めて的外れなものも含めた)批判も相次いだ。ルイスはペーパーバック版のあとがきで「ベースボール宗教戦争」と表現するほどであった。

ビリー・ビーンが定義する勝利するための要素は、旧来の野球の価値観では重要視されず、そのため選手の年俸に反映されていなかった。そのため低い年俸で獲得して戦力を上げることができた。ヤンキースなどの資金力が強いチームに比べ1勝するための金銭的コストがはるかに低い。これは投資効率として考えた場合驚異的である。

セイバーメトリクスによるチーム編成[編集]

ビーンは野球を「27個のアウトを取られるまでは終わらない競技」と定義し、それに基づいて勝率を上げるための要素を分析した(野球を統計学的手法をもって分析することをセイバーメトリクスと呼ぶ)。過去の野球に関する膨大なデータの回帰分析から「得点期待値」というものを設定して、これを上げるための要素を持つ選手を良い選手とした。具体的に述べると、出塁して長打で得点することが最も効率的である。詳細は次項で述べる。

チーム編成基準[編集]

チーム編成、および選手獲得の基準は以下の通りである。状況(運)により変動する数値は判断基準から排除され、本人の能力のみが反映される数値だけに絞り込んで評価することが最大の特徴。

野手[編集]

重要な要素[編集]
出塁率
打率ではなく、四死球も含めた出塁する率。ビーンの定義に基づけば、「アウトにならない確率――打者の投手に対する勝率」である。打率は高いに越したことはないが高打率の選手はコストがかかるため、打率が多少低くても出塁率の高さを優先して選手を獲得した。
長打率
塁打数を打数で割った値。ヒット、特に長打を打った数が多い打者ほど数字が大きくなる。これと出塁率を合算したOPSをビーンはチーム編成で最重要視した。通常、OPSは出塁率と長打率は1:1の比率であるが、ビーンは出塁率と長打率の比率が3:1の指標(NOI)も使用し、出塁率により重きを置いている。
選球眼
ボールを見極め、四球を選び、出塁率を上げるために必要な要素。投手により多くの投球をさせる能力、言い換えれば「粘る力」は相手投手の疲弊を招き、四球を得る確率の向上に繋がるためである。平均して中継投手は先発投手よりも能力が劣るため、相手投手を疲弊させて投手を交代させれば、さらに出塁率を上げることが出来る。ジェイソン・ジアンビの弟である、ジェレミー・ジアンビは、総合的な打者としての能力は兄とは比較にならないほど低かったが、粘る力においては兄を上回っていたためレギュラーとして起用された。
長打率に比べ、加齢によって低下することが少ない能力である。
一般的には努力により向上させられると考えられているが、ビーンは、選球眼は天賦の才で決まる、また野球の成功(勝利)に最も直結する能力である、と結論づけている。
慎重性:
選球眼に併せて重要視され、待球打法を良しとする。ボール・ストライクに関わらず自分の苦手な球に手を出さないこと。ビーンの理論では必ずヒットに出来る保証がない限り、ヒットになる可能性の低い球に手を出す打者は好まれない。また、初球に手を出すことも否定する。選手の気質に依存する部分が大きく、ドミニカ出身の選手は積極的に初球を打ちに行くとした。コーチングにより改善できる部分はごくわずか。
重要視されない要素[編集]

以下の犠打や盗塁を重要視しないスタイルがスモール・ボールとの違いを決定づけていた。

バント犠打
ワンアウトを自ら進呈する、得点確率を下げる行為と定義して、完全否定した。犠打で進塁させることで上がる得点の期待値は、そのまま強攻させるより小さいためである。具体例としては送りバントが挙げられる。無死ランナー一塁の場合、送りバントで走者を進塁させることが、保守的な野球観を持つものにとってはセオリーであると考えられているが、(ビーンらの定義する)得点期待値を下げるだけの行為である。しかし、ビーンの考えが球界全体に浸透してきた近年では、逆に多用させるようになった。
盗塁
あまり意味の無い行為と定義した。全ての盗塁の内、成功するのは70パーセント前後。盗塁を試みてアウトになるリスクを冒してもホームベースを踏んだ場合に得られる得点は1点であることに変わりは無い。統計学的見地から見ても、アウトになるリスクを冒すより、塁上に留まって長打を待つ方が得点確率が高い。また、盗塁を狙う選手はごく一部であり、普遍性が無い。同様にヒットエンドランも高いリスクに対し、得点確率向上への影響が乏しくビーンの理論では非効率であるが、近年は犠打と同じく一部選手には多用させるようになった。
打点得点圏打率
打者がヒットを打った際の走者の有無は、その打者自身の能力が導いたのではなく、単なる偶然である。また得点圏打率など「好機に強い」ことも重要ではない。その打者が打った時に偶然走者がいたために「勝負強い」というイメージが刷り込まれただけに過ぎない。
得点圏での打席数は全打席より当然ながら少ない。サンプル数が少なくなればなるほど確率は実際の数値より「揺らぎ」が大きくなる(大数の法則:例えば、コイントスを10回程度行っても、表・裏の面がそれぞれ5回ずつ出るとは限らない)。得点圏打率が通常の打率より高くなったり低くなったりするのは、選手の能力よりも揺らぎの影響のほうがはるかに大きいのである。
失策守備率
失策であるか否かは記録員が判断するため、主観的であるとした。守備範囲が広く積極果敢に打球を取りに行く選手のほうが、守備範囲が狭く打球を追うことに消極的な野手よりもかえって失策が多くなる(つまり、ヒット性の当たりにも追いつけてしまうがための失策があるということ)。数字として存在しても選手の能力を示す数値としては機能していない。
守備力は回帰分析するためのデータが蓄積しにくいことや、試合に及ぼす影響が攻撃力よりも少ない。
ビーンは、フィールドに数百の座標を設定し、打球の速度・軌跡を調べ、「速度○○、軌道△△を伴い地点××に落下した打球」という風に打球をより厳密に判別する手法を導入した(これはビーンオリジナルの手法ではなく、野球データ分析会社AVMの手法を真似たものである)。それによって打球を処理した野手の守備力の数値化を図ったが、野手の捕球するまでの行動が反映されないなど問題もあるため重要視はしなかった。

投手[編集]

重要な要素[編集]

野手で重要視された要素を逆に与えないことに重きを置く。得点される可能性を下げ、アウトを稼ぐ能力のみを評価する。

与四球
打者の選球眼を最重要視することの裏返し。塁間を移動中にアウトにならないため、与えることが望ましくない。そのため、試合において敬遠は戦術として用いられない。敬遠が相手の得点期待値を低下させることは極めてまれだからである。
奪三振
最もシンプル(確実)にアウトに出来る方法。フェアグラウンドに打球が沢山飛べば、その分安打になる確率と、失策によって出塁を許す確率が上がってしまうため。
被本塁打
投手に責任がある唯一の安打。被安打数ではない、被安打数については後で述べる。
被長打率:
投手が対戦した打者の打数の合計で被塁打を割った値。ヒット、特に長打を許した数が少ない投手ほど数字が小さくなる。失点確率を低くするためには長打を打たれないことが重要になるため重視される。打たれた場合の打球がゴロであれば、長打となる率は低くなる。そのため、打たれた打球がゴロになる率も評価基準として取り入れた。
重要視されない要素[編集]

投手に責任があると考えられていた要素の大半は、投手以外の球場や野手といった状況(つまり運)に依存するとした。

被安打数
フェアグラウンド内に打球が飛んでも、それが安打となるか否かは野手の守備能力や運に依存する部分が大きい。つまり本塁打以外のフェア打球は投手には責任は無い。
防御率自責点
打者の打点と同様に、周囲の状況によって大きく変動する要素のため。
勝利数・セーブ
投手自身の能力に依存する数値ではない。采配により作為的にコントロールできる。「クローザー(抑え)は誰でも可能。9回の抑え投手よりも7・8回に優秀な投手を起用した方が勝率が上がる」ともビーンは語っている。
球速
必ずしもアウトを取る能力には結び付かない。遅い球しか投げられなくとも、前述の要素を満たしていることを重んじた。

補足[編集]

「重要視されない要素」そのものは、ほとんどは完全否定はされていない。野球の競技を構成する要素であるため、これらの要素(能力)が高いことは勝率上昇には繋がる。ただ、影響が乏しいと判断されたため、「限られた資金の中で、レギュラーシリーズを戦い、高い勝率で終える」という戦略目的において重要度が低いだけである。

低年俸選手[編集]

アスレチックスが獲得する選手は、他球団で評価されない「欠陥品」・「傷物」とされた選手である。この欠陥とは他球団の価値基準においてであり、アスレチックスの基準においては必ずしも問題とはならない。前述の能力を有していれば、これらの欠陥はほとんど問題にされない。 例えば、ボストン・レッドソックスの捕手だったスコット・ハッテバーグは、捕手として致命的な利き腕に怪我を負い、手術したため選手生命は絶望的な評価をされ、年俸が低かった。しかし、高い出塁率を残していたことをアスレチックスに注目され、アスレチックスに内野手として獲得された。その結果、主軸打者として活躍した。選手が競技者として致命的な怪我を負い復帰した直後は、市場価値が急落しているために、交渉しやすいことが利点である。 後述のスカウティング・ドラフトにおいても、代理人(エージェント)の付くスターアマチュア選手は契約金が高くなるため、代理人の付いていない選手を優先した。

長期複数年契約[編集]

有望な若手選手とは、年俸調停権やFA権を取得する前の早い時期から複数年契約を結ぶことで年俸を抑制した。特にバリー・ジート(現サンフランシスコ・ジャイアンツ)、マーク・マルダーティム・ハドソン(現アトランタ・ブレーブス)の先発投手3名は成績に対しての年俸が低く、コストパフォーマンスが極めて高い。FA権を取得すると年俸が必然的に上がるため、後に3名とも放出した。詳しくはトレードの項を参照。

トレード[編集]

また、年俸が高くなると判断した選手は、躊躇無くトレードに出すのも特徴である。その場合獲得するのは原則として、若手で前述の要素を満たしている選手である。前述の要素は他球団では年俸に反映されることがあまり無く、低い移籍金で獲得が可能である。FA権を取得した選手もほとんど引き止めることはない。FA権を用いて選手が他球団へ移籍した場合、MLBの制度ではドラフト指名権が優遇されるため、代替選手の獲得も容易となるためである。

逆に、状況を活用して並の選手の数値(セーブポイントなど)を上げ、高い移籍金で売り飛ばす方法で運営資金を獲得した。『マネー・ボール』の中では「がらくたを押しつける」と表現された。 チームの主軸の年俸が上がったために手放した場合でも、その選手の能力を細分化し複数の選手を獲得・運用することでその穴を埋めた。「将来性」といったようなデータで証明できない曖昧な要素は考慮せず即戦力を求める。 選手生命に影響するような怪我をした直後の選手は市場価格が暴落するため、獲得に動くことは常套手段のひとつである。

『マネー・ボール』出版以降はビーンの戦略が広く知れ渡ったため、前述の指標を満たす選手の市場価値が一部では上がっている(例えば、高い出塁率を誇る選手は以前ほど安価に獲得できなくなった)。

スカウティング・ドラフト[編集]

旧来の、スカウトの暗黙知(経験や勘)による選手評価を全否定し、客観的データ主義を徹底した。体格やバッティング・ピッチングフォームなどの外見は考慮しない。あくまで、前述の要素を満たす選手を獲得することに注力した。

スカウトの選手を判断する基準が主観的(この選手は伸びる、才能を秘めている、など)であったことや、元選手のスカウトが選手時代の経験に基づいて判断を行っていたため、不確実であることや戦略立てて選手を獲得出来ないという欠点を抱えていた。また、スカウト陣が閉鎖的・前時代的な価値観を捨てられず、ビーンの方針とそぐわなかったため、大半を解雇した。

また、選手の身辺調査・素行調査も行い、本人の言動・交友関係・家族の犯罪歴の有無などから将来悪影響を及ぼす可能性があると判断した選手は徹底して獲得候補から排除した。また、不確実性の排除はそのまま高校生選手の獲得の排除に繋がった。

しかし、ビリー・ビーンの手法が広まるに連れ、スカウトの間でもこうした手法が広まったことからマネーボールで成功した当時、アスレチックスはデータ8割、スカウト2割でチーム編成を考えたのを、データ4割、スカウト6割と、これまでのやり方に戻している[1]

プレーオフでの苦戦[編集]

ビーン政権下のアスレチックスはレギュラーシーズンには強さを見せ、毎年のようにプレーオフに進出するものの、ワールドシリーズには進出できていない。この一因は、先述のような出塁率等を重視するチーム編成・戦術は、多くの試合を重ねる中で勝率を高めていくことに主眼を置くものであり、勝率ではなく先に定められた数の勝利を挙げなくてはならない短期決戦には必ずしも向いてはいない点にあるといわれるが、そもそも、最大でも7試合しか行わないプレーオフでは数値に「揺らぎ」が出やすいため、長期のレギュラーシーズンに比べて、チームの戦略や選手の能力よりも運や偶然が結果を左右しやすい。ビーンも「プレーオフまで進出させることが仕事」と現状の分析方法および戦術の短期決戦における限界を認めている。

反響[編集]

マネー・ボールが与えた影響[編集]

「マネー・ボール」が発表されてから5年が経過した2008年時点においては、「マネー・ボール」とは単なる著書名に留まらず、「出塁率(特に四球の多さ)を重視する、盗塁と犠打は極力避ける、ドラフトでは高校生よりも大学生を優先指名する」と言った「セイバーメトリクスに基づいた理論・戦略・戦術・作戦・選手評価システム・補強・編成・マネジメント」の総称としても用いられるようになっている[2][3][4]。かつて1910年代以前は極めて長打が出難い状況だったので、どのチームも皆一様にスモール・ボールを基本戦術として採用していたが、20年代に入るとボール反発力が飛躍的にアップ、一躍ホームラン時代の幕が開き、小技・足攻を仕掛けて細かく得点を積み重ねるよりも、腰をすえて一発長打攻勢を狙う方が大量得点を挙げるためにはいたって効果的となった。以後、現在に至るまでの永きにわたってビッグ・ボールがMLB全体の主流となったわけであるが、このようなスタイルを極限まで突き詰めた戦術、それがマネー・ボールである[5]。すなわち、統計学の分析手法に基づいて出塁率と長打率を重んじ、犠打や盗塁は非効率的として極力敬遠する訳だが、このようなマネー・ボール戦法は、実はアスレチックスが先駆者と言う訳ではなく、1960年代末から80年代にかけて4度のリーグ優勝を果たしたボルチモア・オリオールズも取り入れていた。「一点しか取りに行かなかったら、一点しか取れない」と考えるアール・ウィーバー監督は、小技とスピードに依存することを潔しとせず、「投手力と守備力、3ラン・ホームラン」を信条としていたことで広く知られている[5]

「マネー・ボール」が世に出てから5年の月日が流れ、その間日米で大きな反響と議論を呼んだが、歴史のある野球界においてはその主張が余りにも突飛過ぎ、かつ旧来の野球観を揶揄・否定する様な記述が多かったため、一部の人々から反発と反感を買った。彼等は「スモール・ボールこそ至高の戦術――スマート・ボール(スマートな戦い方)」と崇拝し、ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムに代表される機動力野球( + 早打ち[6])に賞賛を惜しまず、逆にアスレチックスのような「不動戦法」を無策・無能として下に見る傾向が強い。彼等がスモール・ボールを礼賛する時、その裏側には対立概念であるマネー・ボールを貶めようとする情念が透けて見える[5]

ビリー・ビーンがアスレチックスで実践している「マネー・ボール」の思想は、「低予算でいかに好チームを作り上げるか」という発想に根ざしている点にある。ビリー・ビーンが出塁率(四球)を重要視したのは、それが理に適っているだけでなく、他チームがそれを軽視していたため、セレクティブ・ヒッター(選球眼が鋭い打者)を安価で獲得することが出来たからである。すなわち、貧乏球団が金満球団と互角に戦うために編み出された苦肉の策であり、言わば「貧者の野球理論」である[4]

旧守派から非難を受けたマネー・ボールではあるがやはり反響も大きく、次第にマネーボールを模倣する球団が次々に現れるようになった。そのため出版された当時と2010年現在では状況に変化が生じており、マネー・ボールの内容が球界に広く浸透した今となっては、出塁率(四球)に注目することはどのチームにとっても当然のこととなった[3]。特に、セオ・エプスタインGMのボストン・レッドソックスに代表されるように、豊富な資金力を誇る球団までもがこぞってビーンの手法を模倣してセイバーメトリクスを重視するようになると、旧来の指標や主観的な要素によって過小評価されている選手を安価で獲得することが難しくなり、2000年代の後半からアスレチックスの成績も低迷するようになった[7]。そのため、今日では彼の哲学にも若干変化が生じており、近年は守備や走塁にも比重を掛けるようになった[2]。実際、2009年シーズンのアスレチックスはラージャイ・デービスが41盗塁(リーグ4位)を記録。翌年も同選手が50盗塁(リーグ2位)を記録し、クリフ・ペニントンも29盗塁を記録。チーム盗塁数でも19年ぶりに150を越え(リーグ3位)、犠打数は12年ぶりに40を越えるなど、これらのスタイルに変化が生じた[8]。これについて、ビーンは「状況は絶えず変化する」と語っており(変わらないのはアスレチックスの年俸総額ぐらいである)、現在は試行錯誤の時期であることを認めている[9]。ただし、盗塁に関しては出塁率長打率に優れた選手を財力のある球団に獲られてしまうようになったため、苦肉の策として増えていただけで、盗塁にあまり効果がないという従来の主張は今も変わっていないとしている[10]

批判・論争[編集]

出版から時が経ち、本書において重要な位置を占める2002年のMLBドラフトの成果が定まってくると、その評価に関する論争が盛んになった。アスレチックスがこの年のドラフトで1巡目指名(補完指名を含む)した7選手のうち、メジャーリーグで一定の実績を残したのはニック・スウィッシャージョー・ブラントンマーク・ティーエンの3名である。これを多いと見るか、少ないと見るかについては意見が分かれているが、ビーンは「成功」だと自負している。アスレチックスのエリック・クボタスカウト部長は、「アマチュア選手の将来を予想するのは極めて難しい。『マネー・ボール』は、それを少しでもうまくやるためのもの」と語っており、当時のアスレチックスでビーンGMの右腕であったポール・デポデスタは、「メジャーに昇格する確率は、1巡目でも50%、2巡目で25%、3巡目だと10%になる。それぐらいギャンブル的なことだ。基本的には、優秀なメジャーリーガーを1人でも発掘できれば、そのドラフトは良しとすべきなんだ」と述べ、『マネー・ボール』で用いられた手法が万能なものではないことを認めている。それでも、本書で特にスポットライトが当てられたジェレミー・ブラウンは、マネー・ボールの象徴的存在としてのプレッシャーと戦わなくてはならなくなった[11]2008年に、ブラウンがメジャーで芽が出ないまま引退した際には、「マネー・ボールは死んだのか?」という議論が沸き起こった[12]

このドラフトでは、ビーンが指名を避けた高校生投手の中から、コール・ハメルズマット・ケインスコット・カズミアーなどの一流投手が育ったことも批判の対象となった。しかし、ビーンは後に、高校生選手を完全に否定しているわけではないと述べ、本書の記述にやや誇張があることを示唆した[9]

その他には、主役のビーンを引き立てるために、シカゴ・ホワイトソックスケニー・ウィリアムズGMなど、ビーンのライバルとなる立場の人物が、まるで無能のように描かれてしまっているということや、スコット・ボラスが代理人を務めていた選手の指名回避など、裏に存在していたであろう事情についての描写が薄いという指摘もある[9]

映画化[編集]

「マネー・ボール」が出版された翌年の2004年にソニー・ピクチャーズが映画化の権利を獲得。2008年11月になって、ブラッド・ピット主演、スティーヴン・ソダーバーグで映画化が発表された[13]。しかし、クランクイン3日前に突然制作中止が決定。制作中止の理由は、ソダーバーグ監督が手を加えた脚本に制作側が難色を示したためだと言われている。その後しばらく音沙汰のない状態が続いていたが、2009年12月、ベネット・ミラー監督の元で再始動が発表され[14]、2011年9月23日に全米公開された。

脚注[編集]

  1. ^ http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/mlb/2011/11/16/post_21/index2.php
  2. ^ a b 出野哲也 「2006年版 究極の"マネー・ボール"チーム」 『月刊スラッガー No.104 , 2006年12月号』 日本スポーツ企画出版社、52 - 54頁。
  3. ^ a b 三尾圭 「再構築 ― ビーンGMの新たな挑戦」 『月刊スラッガー No.119 , 2008年3月号』 日本スポーツ企画出版社、50 - 53頁。
  4. ^ a b 田端至 『図解 プロ野球 新・勝利の方程式 ― 送りバントと守備力が優勝を決める』 講談社、2007年、148-150頁。ISBN 978-4062810906
  5. ^ a b c 出野哲也 「スモール・ボールは最高の"戦略"なのか」 『月刊スラッガー No.123 , 2008年7月号』 日本スポーツ企画出版社、44 - 46頁。
  6. ^ 『野球の見方が180度変わるセイバーメトリクス』 宝島社、2008年、6頁。ISBN 978-4796662680
  7. ^ MICHAEL HILTZIK,Oakland A's performance shows that 'moneyball' doesn't always pay off,Los Angeles Times(英語),2010/03/13閲覧
  8. ^ 月刊スラッガー』2010年12月号、日本スポーツ企画出版社、2010年、雑誌15509-12、64項
  9. ^ a b c Chass, Murray(2008-02-19). Assessing the ‘Moneyball’ Payoff. New York Times(英語). 2011年10月4日閲覧
  10. ^ 「金持ち球団が強い流れに戻っている」――『マネーボール』のビリー・ビーンGMインタビュー
  11. ^ Crasnick, Jerry(2011-09-24). 2002 'Moneyball' draft class in review. ESPN.com(英語). 2011年10月4日閲覧
  12. ^ Jacques, Derek(2008-03-04). Is Moneyball Dead?. Baseball Prospectus(英語). 2011年10月4日閲覧
  13. ^ 津川晋一,ブラピがGMに就任!?『マネー・ボール』が映画に。,Number Web,2010/03/13閲覧
  14. ^ 消えかけたブラピの野球映画、ベネット・ミラー監督の参加で再始動 ,ハリウッドチャンネル,2010/03/13閲覧

関連項目[編集]

外部リンク[編集]