マニー・アコスタ

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マニー・アコスタ
Manny Acosta
メキシコシティ・レッドデビルズ
Giants acosta 49.jpg
基本情報
国籍 パナマの旗 パナマ
出身地 コロン県コロン
生年月日 1981年5月1日(33歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
170 lb =約77.1 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1998年 アマチュア・フリーエージェントとしてニューヨーク・ヤンキースと契約
初出場 MLB / 2007年8月12日
NPB / 2013年3月30日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム パナマの旗 パナマ
WBC 2006年2009年2013年
メッツ時代(2010年10月3日)

マヌエル・アルシデス・アコスタManuel Alcides "Manny" Acosta , 1981年5月1日 - )は、パナマコロン県コロン出身のプロ野球選手投手)。右投げ右打ち。

経歴[編集]

ヤンキース時代[編集]

1998年1月6日、16歳のときにドラフト外でニューヨーク・ヤンキースに入団。約6シーズンをマイナーで過ごした。

ブレーブス時代[編集]

2003年7月24日限りで解雇されるが、同年7月29日アトランタ・ブレーブスとマイナー契約[1]。ブレーブス移籍後は、マイナーリーグにて主にリリーフとしてマウンドに立つ。

2006年ワールド・ベースボール・クラシックパナマ代表として出場し、0勝1敗、防御率5.01だった[2]。シーズンではダブルAとトリプルAで51試合に登板し、防御率3.30を記録。

2007年マイナーリーグで40試合に登板し、9勝3敗、防御率2.26、12セーブの好成績を記録。8月10日にメジャー初昇格し、2日後の8月12日フィラデルフィア・フィリーズ戦でメジャー初登板を果たした。初登板から9.2回を無失点に抑え、8月29日には初ホールドを記録するなど力投し、最終的には21試合で防御率2.28の成績を残してシーズンを終えた[3]

2008年は開幕をメジャーで迎える。シーズン最初の登板で4失点と出鼻をくじかれたが、その後10試合連続で無失点に抑えるなど徐々に持ち直し、5月終了時点で既に前年を上回る27試合に登板し、防御率2.83をマークしていた。しかし6月に入って11試合中6試合で失点するなど調子を落とすと、7月には左のハムストリングを痛めてDL入りすることになった。8月24日セントルイス・カージナルス戦でメジャーに復帰してからは5試合を無失点に抑え、トータルでは46試合、防御率3.57でシーズンを終えた。この年はWHIPが1.40だったが、得点圏被打率.216とピンチで粘ったため[4]、防御率は3点台をキープした。

2009年WBC2009年大会に出場した後、開幕をマイナーで迎え、5月22日にメジャーに昇格する[5]。昇格後7月の序盤までは好調だったが、8月には不調に陥り、一旦マイナーに降格する。その後メジャーに再昇格するも、シーズントータルでは前年より数字を落とした。

2010年は、スプリング・トレーニングで乱調だったため、長年在籍したブレーブスからウェーバーにかけられた。

メッツ時代[編集]

3月30日ニューヨーク・メッツへ移籍。開幕時点ではマイナー契約だったが、4月中旬にメジャーに昇格。シーズン初登板でこそ3失点を喫したが、その後は無失点で凌ぐ試合を重ね、結局シーズンで投げた41試合中、失点したのは7試合だった。しかし、この年はランナーがいない場面での被打率.176に対し、得点圏被打率.324とピンチの場面で踏ん張れなかったため、3点以内のリードで起用された回数は5試合だけで、25試合はチームがリードを許した時点での起用だった。

2011年は、44試合に登板。

2012年は、登板数、イニング数、奪三振数、被安打数などの部門では前年とほぼ同様の数字を残したにも関わらず、防御率は6点台と著しく結果が悪く、オフにFAになった。また、ワールド・ベースボール・クラシックにも、3大会連続となる、パナマ代表で選ばれた。

巨人時代[編集]

2012年12月13日にアコスタの代理人が、読売ジャイアンツと総額165万ドルと50万ドルの出来高払いの1年契約を交わしたとツイッターでつぶやいた[6]。同月20日、正式に読売ジャイアンツへの入団が発表された[7]

2013年はオープン戦で8試合に登板し、防御率3.38ながら2セーブを記録。開幕を一軍で迎え、抑えとして期待がかかったが、開幕から6日後の4月3日に右肩筋を損傷。翌4日に登録を抹消された。11月30日、球団から自由契約が発表された。

巨人退団後[編集]

2014年はメキシカンリーグメキシコシティ・レッドデビルズに所属。

プレースタイル・人物[編集]

投球時の独特の構え

150km/hを超えるストレートが持ち味[8]。同郷のマリアノ・リベラにならった、お辞儀をするように深々と体を折る独特の構えからセットポジションに入り、フォークチェンジアップで緩急をつけ[9]、キレのあるスライダーも武器とする[10]。コントロールに難があると評されており[4][11]、メジャーでの通算与四球率は4.25である(2012年度シーズン終了時点)。

親しみやすい性格で、2010年は当時のチームメイト、高橋尚成らともロッカーでよくコミュニケーションをとっていた[12]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2007 ATL 21 0 0 0 0 1 1 0 4 .500 93 23.2 13 2 14 1 0 22 1 0 6 6 2.28 1.14
2008 46 0 0 0 0 3 5 3 4 .375 226 53.0 48 7 26 5 1 31 5 0 25 21 3.57 1.40
2009 36 0 0 0 0 1 1 0 2 .500 174 37.1 45 4 19 2 2 32 3 0 19 18 4.34 1.71
2010 NYM 41 0 0 0 0 3 2 1 1 .600 157 39.2 30 4 18 1 0 42 3 0 13 13 2.95 1.21
2011 44 0 0 0 0 4 1 4 7 .800 204 47.0 50 6 15 0 2 46 0 0 21 18 3.45 1.38
2012 45 0 0 0 0 1 3 1 4 .250 216 47.1 48 7 25 1 3 46 2 0 38 34 6.46 1.54
2013 巨人 14 0 0 0 0 1 0 0 2 1.000 57 13.0 15 4 4 0 0 12 0 1 8 8 5.54 1.46
MLB:6年 233 0 0 0 0 13 13 9 23 .500 1070 248.0 234 30 117 10 8 219 14 0 122 110 3.99 1.42
NPB:1年 14 0 0 0 0 1 0 0 2 1.000 57 13.0 15 4 4 0 0 12 0 1 8 8 5.54 1.46
  • 2012年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 46 (2007年 - 2009年、2011年 - 2012年)
  • 36 (2010年)
  • 49 (2013年)

脚注[編集]

  1. ^ Player Profile: Manny Acosta (2003 Career Highlights).” (英語). MLB.com. 2008年2月7日閲覧。
  2. ^ Player Profile: Manny Acosta (2006 Career Highlights).” (英語). MLB.com. 2008年2月7日閲覧。
  3. ^ Player Profile: Manny Acosta (2007 Career Highlights).” (英語). MLB.com. 2008年2月7日閲覧。
  4. ^ a b 村上雅則監修 友成那智編著 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2009』 廣済堂出版、2009年、302頁。
  5. ^ http://mlb.mlb.com/team/player.jsp?player_id=407924 2011年3月28日閲覧。
  6. ^ “米メッツ・アコスタが巨人と契約、米メディア報じる”. SANSPO.COM (産経デジタル). (2012年12月14日). オリジナル2013年3月23日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20130323031851/http://www.sanspo.com/baseball/news/20121214/mlb12121412160007-n1.html 
  7. ^ アコスタ選手と契約 - 読売ジャイアンツ オフィシャルサイト 2012年12月20日
  8. ^ 巨人150キロ右腕アコスタ獲得へ大詰め nikkansports.com 2012年12月9日
  9. ^ アコスタ 本家お墨付き!ヤ軍リベラ流“お辞儀投法” sponichi annex 2013年2月5日
  10. ^ アコスタ、マシソン好調 救援陣上々の仕上がり sponichi annex 2013年3月21日
  11. ^ 月刊スラッガー』2008年2月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、74頁。
  12. ^ 月刊スラッガー』2011年4月号、日本スポーツ企画出版社、2011年、43頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]