マニウス・アキリウス・グラブリオ

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マニウス・アキリウス・グラブリオManius Acilius Glabrio)は、共和政ローマ元老院議員。主に東方ギリシアを活躍の場とした。

紀元前191年スキピオ・ナシカとともに執政官となる。そしてセレウコス朝シリアアンティオコス3世と戦い、勝利する。その後も東方の動向、とくにアエトリア同盟の結束に努める。しかしながら結束はうまくはいかずにティトゥス・クィンクティウス・フラミニヌスの介入により同盟の結束を保てるようになった。

紀元前189年にグラブリオはケンソルに立候補、しかし疎外され、シリアでの略奪品の横領疑惑で告発され、立候補を取り下げた。

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