マトラ・M530

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マトラ・M530
LX
MHV Matra 530.jpg
LXリアビュー
MHV Matra 530 02.jpg
販売期間 1967年-1973年
乗車定員 4人
ボディタイプ 2ドア・タルガトップ
エンジン V4ガソリンOHV 1,699cc 73-78PS
変速機 4速MT
駆動方式 ミッドシップ
サスペンション 前:独立 ダブルウィッシュボーン 後:独立 トレーリングアーム・コイル
全長 4,197mm
全幅 1,620mm
全高 1,200mm
ホイールベース 2,650mm
先代 マトラ・ジェット
後継 マトラ・シムカ・バゲーラ
-自動車のスペック表-

マトラ・M530Matra M530 )はフランスの自動車メーカー・マトラが1967年から1973年まで生産したスポーツカーである。

概要[編集]

マトラの自動車部門は1965年以来、ルネ・ボネが開発した世界初の市販ミッドシップGTカー、ジェットを生産していたが、確かにユニークで魅力的なスポーツカーではあったものの、エンジンレイアウトのみならずシャシー構造も複雑で高コストであり、市場は極めて限られていた。レース界での名声を生かし、より大規模に生産できる車種として開発された、初の100%マトラ開発市販車がM530で、1967年のジュネーヴ・モーターショーでデビューした。

M530の特色は、長いホイールベースやサスペンションストローク、2+2座席を持ちファミリーカー的にも使えるほどの高い実用性、フレームへの軽減孔開けやリベット留めの多用やFRP製のシートバックなど航空機技術を生かした軽量設計であり、ジェットやアルピーヌ・A110のような純粋のスポーツカーとは目指す方向性が異なっていた。マトラ自身もM530を、'voiture des copains' (car for friends)と称した。スポーツカーではないため、エンジン・ギアボックスも、フォード・タウヌス15M(前輪駆動)の60°V40ユニットが、その性能のためではなく、前後長が短く扱いやすく、かつそのまま流用できることから選ばれた。最高出力は73-78馬力に過ぎなかった。

一方でM530は、当時としてはユニークなタルガトップと取り外し式アクリル製リアウインドウを採用し、オープンエア・モータリングを容易かつ安全性と両立させて楽しむことができる点でも時流に先んじていた。この方式がポルシェ・914フィアット・X1/9の普及で一般に広まるのは1970年代に入ってからである。

1967年デビュー当初(530A)は1,700cc73馬力一種類であったが、1969年にはタウヌス15Mの改良に合わせて75馬力に強化され、1970年には530LXが追加された。ジョバンニ・ミケロッティによってスタイルが小変更され、後窓はガラス製となり、ハッチバック式に跳ね上げ可能となった。エンジンもタウヌス15M・RS用の78馬力に強化された。

1971年には廉価版として530SXが追加された。固定式ルーフ、クロームメッキなしの黒塗りバンパー、シトロエン・2CVのような固定式ヘッドライトを持ち、フランス国内はじめ限られたマーケットに投入されたが、ただでさえ好みの分かれたLXよりも更に奇怪な外観のため、販路拡大にはあまり役立たなかった。

M530は1973年に生産終了となった。理由はモータースポーツ部門の赤字に苦しんだマトラが、クライスラー・フランスの傘下に入り、フォードV4エンジンの使用が政治的な理由で許されなくなり、かつクライスラー系列各社(仏シムカ・英ルーツ・グループ・日本の三菱自動車)にはM530に搭載可能なユニットがなかったためであった。後継者はシムカ製エンジンの使用を前提として開発されたバゲーラである。

M530の生産台数は初期型の530Aが2,062台、LXが4,731台、SXが1,146台の計9,609台であった。日本にも1970年頃、自動車部品輸入会社の極東貿易が輸入代理店となって正規輸入される計画が立てられたが、日本の保安基準をパスできず、サンプルカー一台のみの輸入に終わり、計画は中止となった。


参考文献[編集]

二玄社 Car Graphic Library 世界の自動車 11巻「シムカ マートラ アルピーヌ その他」大川悠 編著