マティルデ・イン・バイエルン

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トラーニ伯爵夫人マティルデ・ディ・バヴィエラ

マティルデ・ルドヴィカ・イン・バイエルンMathilde Ludovika in Bayern, 1843年9月30日 - 1925年6月18日)は、両シチリア王子であるトラーニルイジの妻。イタリア語マティルデ・ディ・バヴィエラ(Matilde di Baviera)。

バイエルン王家であるヴィッテルスバッハ家傍系のバイエルン公マクシミリアンと妻ルドヴィカ王女の四女として、ミュンヘンで生まれた。姉にオーストリア皇后エリーザベト、両シチリア王妃マリー・ゾフィー(マリーア・ソフィア)がいる。

1861年6月5日、ルイジと結婚した。ルイジは、姉マリー・ゾフィーの夫である両シチリア王フランチェスコ2世の異母弟だった。フランチェスコ夫妻には子供がないため、ルイジは推定相続人(王位継承順第1位)の立場にあった。ルイジとの間には1女をもうけた。

1861年にガリバルディ軍によって両シチリアは陥落し、イタリア統一が実現した。国を追われたフランチェスコ2世は王位を請求する運動を続けていた。ルイジが異母兄に先立って1886年に亡くなると、フランチェスコの後を継いだのはもう一人の弟アルフォンソだった。

マティルデは夫と娘よりも長命で、1925年にミュンヘンで亡くなった。