マッチ・ニッカネン

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獲得メダル
フィンランドの旗 フィンランド
男子 ノルディックスキー
オリンピック
1984 サラエボ 90m級個人
1988 カルガリー 90m級個人
1988 カルガリー 90m級団体
1988 カルガリー 70m級個人
1984 サラエボ 70m級個人
ノルディックスキー世界選手権
1982 Oslo ラージヒル 個人
1984 Engelberg ラージヒル 団体
1985 Seefeld ラージヒル 団体
1987 Oberstdorf ラージヒル 団体
1989 Lahti ラージヒル 団体
1987 Oberstdorf ノーマルヒル 個人
1982 Oslo ラージヒル 団体
1985 Seefeld ラージヒル 個人
1989 Lahti ラージヒル 個人


スキーフライング世界選手権
1985 プラニツァ 個人
1990 Vikersund 個人
1983 ハラチョフ 個人
1986 クルム 個人
1988 オーベルストドルフ 個人

マッチ・エンシオ・ニッカネンMatti Ensio Nykänen1963年7月17日 - )はフィンランド中央スオミ県ユヴァスキュラ出身の元スキージャンプ選手。

経歴[編集]

1982年オスロ世界選手権で18歳のとき個人90m級(K120、現在のラージヒル)で優勝を飾った後、1984年サラエボオリンピックでは、個人70m級(K90、現在のノーマルヒル)で銀メダル、個人90m級で金メダルを獲得した。続く1988年カルガリーオリンピックでは個人70m級、90m級、団体90m級の3種目ですべて金メダルを獲得した。スキージャンプ・ワールドカップでは史上最多の通算46勝をあげた(その後2013年にグレゴア・シュリーレンツァウアーが記録を更新)。出身国のフィンランドでは知らぬ人はいないほどの国民的英雄である。 1980年代を代表する最強のジャンパーであり、「ジャンプで恐怖を感じたことはいまだかつて一度も無い」と述べる。日本では「鳥人」と呼ばれた。

1992年に歌手に転向したが、この年の12月に突然来日、翌シーズンに迫ったリレハンメルオリンピック出場を目指して日本の社会人チームに同行し、2年ぶりにスキーを履いて名寄市での大会に参加、宮の森ジャンプ競技場など札幌市内でもトレーニングを行う。

ナショナルチームの合宿・遠征時に酒がもとでチームメイトやコーチに暴行をはたらき、メンバーを外されたことがある。3人の女性と結婚、離婚を繰り返し、2004年8月には殺人未遂事件を起こし、懲役2年2か月の実刑判決を受け服役。2005年9月に釈放されたが、4日後に虐待事件で再び逮捕されて有罪となり、2006年3月16日から4か月間服役した。その後も2009年12月に妻への傷害で逮捕される[1]2006年1月、ニッカネンを題材とした映画『MATTI』がヨーロッパで公開された。

歌手としての作品

成績[編集]

出典[編集]