マッサフラ

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マッサフラ
Massafra
マッサフラの風景
行政
イタリア国旗 イタリア
Flag of Apulia.svg プッリャ
Blank.png ターラント
CAP(郵便番号) 74016
市外局番 099
ISTATコード 073015
識別コード F027
分離集落 Citignano e Chiatona
隣接コムーネ #隣接コムーネ参照
公式サイト リンク
人口
人口 32,548 [1](2013-01-01)
人口密度 259.3 人/km2
文化
住民の呼称 massafresi
守護聖人 S.S. Madonna della Scala
祝祭日  
地理
座標 北緯40度35分0秒 東経17度7分0秒 / 北緯40.58333度 東経17.11667度 / 40.58333; 17.11667座標: 北緯40度35分0秒 東経17度7分0秒 / 北緯40.58333度 東経17.11667度 / 40.58333; 17.11667
標高 110 (0 - 480)[2] m
面積 125.52 [3] km2
マッサフラの位置
マッサフラの位置
ターラント県におけるコムーネの領域
ターラント県におけるコムーネの領域
Flag of Italy.svg ポータル イタリア
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マッサフライタリア語: Massafra)は、イタリア共和国プッリャ州ターラント県にある、人口約3万3000人の基礎自治体コムーネ)。

県内では、県都ターラントマルティーナ・フランカに次ぎ、グロッターリエとほぼ同規模のコムーネ人口を有する(2013年1月の統計では第3位)。

地理[編集]

位置・広がり[編集]

ターラント県中部のコムーネ。県都ターラントから北西へ約18km、マテーラから東南東へ約44km、州都バーリから南南東へ約62kmの距離にある[4]

ターラント県概略図

隣接コムーネ[編集]

隣接するコムーネは以下の通り。

歴史[編集]

仮説のひとつによれば[5]、マッサフラは5世紀に、ヴァンダル族の侵入によってアフリカを追われたローマ人によって建設されたという。

都市の名が史料に登場するのは10世紀以後のことで、ロンバルド王国の代官(ガスタルド) (Gastaldの管轄地であった。ノルマン人南イタリアを征服すると、マッサフラはロベルト・イル・グイスカルドの甥に与えられた。彼はマッサフラの城 (Castle of Massafraを修築し、要塞化した。その後、タラント公国 (Principality of Tarantoの一部に含まれ、自由都市として1463年まで属していた。

この都市は1484年に Antonio Piscitello に与えられる。1497年にはフランス王シャルル8世の軍勢による略奪を受けた(イタリア戦争)。領主権はArtusio Pappacodaに譲られ、その一族は1世紀半にわたって当地を所有した。

文化・観光[編集]

新石器時代から中世盛期にかけての洞窟住居がある。

脚注[編集]

  1. ^ 国立統計研究所(ISTAT). “Total Resident Population on 1st January 2012 by sex and marital status” (英語). 2014年6月7日閲覧。
  2. ^ 国立統計研究所(ISTAT). “Tavola: Popolazione residente - Taranto (dettaglio loc. abitate) - Censimento 2001.” (イタリア語). 2014年6月7日閲覧。
  3. ^ 国立統計研究所(ISTAT). “Tavola: Superficie territoriale (Kmq) - Taranto (dettaglio comunale) - Censimento 2001.” (イタリア語). 2014年6月7日閲覧。
  4. ^ 2点間の直線距離を測る”. 2014年6月8日閲覧。
  5. ^ Giuseppe Blandamura, Choerades Insulae, Taranto, Tipografia Arcivescovile, 1925.

外部リンク[編集]

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