マックスコーヒー

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マックスコーヒー7代目デザイン缶
(全国販売開始前のもの)

マックスコーヒーMAX COFFEE)とはコカ・コーライーストジャパンプロダクツ等が製造、コカ・コーラ カスタマーマーケティングが販売している缶コーヒーの商品名である。正式名称は「ジョージア・マックスコーヒー」。愛称は「マッカン」「マッコー」など。

概要[編集]

1975年発売。当初の製品名は「マックスコーヒー」。利根コカ・コーラボトリングのプライベートブランドであり、黄色の背景に茶色のギザギザ模様のパッケージが特徴。

原料のうち乳成分に多量の練乳(コンデンスドミルク)を使用しており、甘味が強い。糖分量はコーラとほぼ同じ (9.8%) で、これは同社の製品である「ジョージア まろやかミルクのカフェラッテ」や他社の「UCCミルクコーヒー」(旧・UCCオリジナル ミルク&コーヒー)や「キリン 小岩井 濃厚カフェオレ」「キリン FIRE カフェデリ ビターキャラメル・ラテ」「アサヒ WONDA 贅沢ダブル」「アサヒ WONDA デラックス1」などといった製品と比べても2%ほど高い数値である。原材料名の表記順も「加糖練乳、砂糖、コーヒー」である(通常、原材料は使用量が多い順に表記される)。

味わいはカフェ・オ・レや既存のコーヒー牛乳に似ており、さらに甘みを増したような味わいである。ジョージアブランドになる前年の1990年の売上実数では、(利根コカ・コーラボトリングにおいて)同社ブランドのジョージア(全製品合算)460万ケースに対し、430万ケースとほぼ拮抗しており、かなりの売れ筋商品であった。

かつては千葉県茨城県栃木県を中心とした地域で限定販売されていた商品で、これらの地域を代表する缶コーヒーであった(詳細は#マックスコーヒーと常総を参照)。近年では関東近郊を中心として販売地域が広がっており、2009年2月16日からは正式に全国販売が開始された。

なお、マックスコーヒーに関する登録商標は株式会社鈴木コーヒーが保有しており、株式会社鈴木コーヒーの使用許諾下で、製造・販売が行われている[1]

販売地域[編集]

2014年1月現在の販売地域は以下の通り。

2006年7月から23区内をはじめとする東京都内や、群馬県埼玉県新潟県で販売が開始された(江戸川区などの城東地区ではそれ以前から売られていた)。 2009年2月16日より正式に全国で発売されたが、取り扱いボトラー社はゆるやかに減少し、再びローカル商品回帰の様相を呈している。

販売エリアの拡大については、略史を参照。

略史[編集]

マックスコーヒーX

日本での飲料市場での缶コーヒーの伸張と製品開発を求めるボトラーに対して、米国コカ・コーラ本社はコーヒーを缶容器で飲むこと自体が理解できなかったことや自社の炭酸飲料との競合を恐れたため消極的であった。そのため当時有力ボトラーであった利根コカ・コーラが独自ブランドを立ち上げて発売したいきさつを持つ。

  • 1975年6月16日 利根コカ・コーラボトリングの関連会社である利根ソフトドリンク(現・イトシア)が、日本果実工業山口県)にて委託製造開始。ブランドに関しては東京のスズキコーヒー店と交渉し当店のコーヒーエキスを使用することを条件に「マックスコーヒー」の専用使用権を獲得した。当初の販売エリアは千葉県茨城県で、栃木県は当初除外された。正確な時期は不明だが、利根ソフトドリンクの関連会社の北関東食販が埼玉県でカナダドライ製品の販売を開始したことで、埼玉県の一部でも販売された。
  • 1978年9月6日 販売地域が栃木県に広がる。
  • 1981年8月17日 ビン入りマックスコーヒーを発売。製造は富士ボトリング。
  • 1983年 利根コカ・コーラ茨城工場に製造ラインを設置し製造開始。
  • 1987年 利根コカ・コーラ千葉工場に製造ラインを設置し製造開始。
  • 1990年 利根ソフトドリンク五霞工場竣工。完全自社製造開始。
  • 1991年4月15日 発売元が利根コカ・コーラボトリングに移り、それに伴いコカ・コーラの全国ブランド「ジョージア」に組み込まれ「ジョージア・マックスコーヒー」となる。
  • 2001年 利根コカ・コーラが製造部門をコカ・コーライーストジャパンプロダクツへ譲渡する。
  • 2005年11月
    • デザインがリニューアルされる。
    • 5種類の復刻バージョンが発売される。
  • 2006年 繁華街を中心に東京都内での発売が始まる。同年10月には缶デザインがリニューアルされ、ウェーブラインが復活。11月には、千葉・栃木・茨城のコンビニエンスストアと一部の自動販売機で280mlペットボトル入りの「マックスコーヒーX」がホット専用商品として発売された。
  • 2007年
    • 5月 500mlペットボトル入り「マックスコーヒーX」が千葉・茨城・栃木の自動販売機や一般の小売店にて販売される。
    • 10月 北海道内の一部コンビニエンスストアで再発売。
  • 2008年
  • 2009年
    • 2月10日 販売エリアを全国へ展開することを発表。
    • 2月16日 全国発売を開始。
    • 7月6日 バニラ風味・ビタミン7種を添加した「マックスコーヒーV」を全国にて発売。
    • 10月 一部の地域で「I ♥ MAX」と書かれた190ml缶が発売される。
  • 2010年
    • 4月 韓国にて発売開始(ハングル表記「맥스커피」)。

ジョージア・マックスコーヒーになった経緯[編集]

1975年当時、日本コカ・コーラ社は北九州コカ・コーラボトリング(現・コカ・コーラウエスト)と新たな缶コーヒーブランドである「ジョージア」を開発中であったが実質的な開発はそのほとんどを北九州社が行っており、日本コカ・コーラ自体は外国人幹部の「こんなもの(缶コーヒー)が売れるわけない」との意見が多数派をしめ、缶コーヒー市場への参入に否定的であった。そこで利根コカ・コーラボトリングが、子会社である利根ソフトドリンクを通じて独自にマックスコーヒーを開発、同年6月に発売した。ただし、日本コカ・コーラとの基本契約では「コカ・コーラのマーク、車、自動販売機ではコカ・コーラ認定の商品しか扱ってはならない」[2]の一項があり、契約上はかなり不安定なものであったが黙認される。

マックスコーヒーの発売と時を同じくして日本コカ・コーラ社より「ジョージア」が発売されるが、利根地域ではマックスコーヒーが既に発売されていたため、全製品をジョージアに切り替えることは事実上不可能であった。そのため茨城県・千葉県ではマックスコーヒー、栃木県ではジョージアを扱うという変則的な販売手法がとられることとなり、1979年まで続くこととなった。他にも「ドクターペッパー」などの他社ライセンス商品を抱えていた利根コカ・コーラボトリングには契約更新ができるかの問題が差し迫っていた。

1990年、社長(当時)の茂木克己がこの問題の解決に乗り出し、協議の末1991年にマックスコーヒーの意匠を一部残した「ジョージア・マックスコーヒー」という新製品として発売することとなった。これによって、マックスコーヒーはジョージアの1ブランドとなり、コカ・コーラボトラー単独としての利根コカ・コーラボトリングの売上は全国17ボトラー中5位に上昇した。

マックスコーヒーと常総[編集]

復刻バージョンを販売中の自動販売機。茨城県土浦市にて
2006年3月21日

先述のようにマックスコーヒーは販売エリアが限られていたため、映画漫画テレビドラマなどでその地域(主に千葉県茨城県)を象徴するアイテムとして用いられることがある。

東京モーターショーコミックマーケット1996年に再移動)などが会場を移動するなど、1989年に完成した幕張メッセが大規模イベントの会場となったこともあって、場内や周辺で売られていたマックスコーヒーが千葉の「名物」として広く認識されるきっかけともなった。

また、利根コカ・コーラ自身もマックスコーヒーを千葉県を象徴する商品として位置づけ、2002年には千葉県の人口が600万人に達したことを記念した特別缶を発売するなどしている。

CM[編集]

1980年代には千葉テレビでテレビコマーシャルを放送しており、森川美穂が出演するもの(1986年頃)や「100円で買えるオアシス」のキャッチコピーのバージョンなどがあった。1989年に開局したbayfmでもラジオコマーシャルを流しており、「MAX COFFEE BAY KIDS STREET」という冠スポンサー番組も存在した。

全国発売の開始と共に再び「マックスコーヒー」単独のCMも製作された。内容は「F1の車に見立てた人間がレース中、ガソリン補給の代わりにストローでマックスコーヒーを飲まされる」というもの。F1バージョンは富士スピードウェイで撮影が行われた。また、公式サイトでは他のバージョンも視聴できる。

またMTVジャパンによってMax My Rideという、同局が放映するPimp My Rideのようにオーナーの乗り物をカスタムする番組も作られた。

脚注[編集]

  1. ^ 「利根コカ・コーラ創立40年史」P27。
  2. ^ JR西日本各駅に設置しているICOCA対応自販機(キュリコ)は、コカ・コーラウエストが管理しているものがあるが、他社商品を多く扱っているため、コカ・コーラのロゴを入れていない。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]