マシーネンクリーガー
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『マシーネンクリーガー』(Maschinen Krieger ZbV3000:ましーねんくりーがー ぜっとびーぶい さんぜん)は、SFイラストレーターの横山宏による雑誌の連載企画。及びその登場メカのプラモデル。略して『Ma.K.』と表記される事が多い。元々のシリーズ名は「S.F.3.D.」であったが、この企画がホビージャパン誌を離れた後はこの名称を使えなくなった為、新たにマシーネンクリーガーの名称が与えられた。
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[編集] 概略
始まりは、月刊模型雑誌『ホビージャパン』(以下HJ誌)の企画、「素晴らしき駄物キット」という単発記事の一部として製作された、『ニューミクロマン』のパワードスーツ改造作例『S.F.3.D. ORIGINAL』である。ポリパテとプラ板で修正されたスタイリングは元の玩具形状を活かしながらも正に人間が入っているかのような印象を与えた(実際内部にミクロマンを入れて可動可能にした)。A.F.S. Mk.Iの頭部は元のミクロマン、パワードスーツそのままである。右手のレーザー砲口にタミヤ1/20レーシングチームセット付属の一眼レフカメラを用いるなど、あちこちにスケールモデルのパーツを流用していた。また腰部の装甲はピンポン球からの切り出しである。なお強化服のデザインコンセプトや戦場のビジュアルイメージ、後の連載に登場する無人兵器類は、この少し前に週刊ヤングマガジンの増刊号に掲載された大友克洋の漫画「武器よさらば」の明らかな影響が感じられる(製作者側もこれを認めている)。
こうしたスクラッチの技法はHJ誌上で反響を呼び、何回かの企画の後に同誌上で1982年5月から1985年12月まで、単発記事であった『S.F.3.D. ORIGINAL』の題のまま連載された。これは架空未来戦記のフォトストーリー風に仕立てられており、原作は担当編集者の市村弘(モデラーの梅本弘)であった。ミリタリー調で展開されたストーリーとそれに合わせた横山氏のイラスト、作例は人気となり連載は好評を博した。1983年に「HOBBY JAPAN別冊 SF3Dオリジナル」として別冊も発売されている。
その後日東科学(現 日東科学教材株式会社)により模型化された。A.F.S.など殆どのアイテムを1/20スケールで立体化(大型戦車であるナッツロッカーのみ1/76)し、精密なキットと原作者による徹底監修が話題となり、熱心なファンが増加した。日本のキットにしては珍しいシュリンクパックだったことも話題となった。
[編集] S.F.3.D.からマシーネンクリーガーへ
1984年、月刊モデルグラフィックス(以下MG誌)が創刊されると、横山も新雑誌で『マシーネンクリーガー ブレッヒマン』という新連載を開始した。これはSF3Dと非常に良く似た企画の人間が着る装甲服を主体とした架空戦記のフォトストーリーであった。MG誌は前述の市村が企画した模型雑誌であり、市村はSF3Dの原作者でもあったが、著作権者に名を連ねるHJ誌が「SF3D ORIGINAL」の版権を持っていたために企画まるごとの移行は出来なかった。1985年にHJ誌の連載は終了したが、時期を同じくして日東科学が自主廃業を行ない、プラモデルも市場から姿を消した。ほぼ同じ時期にブレッヒマンの連載も終了している。
[編集] 復活と改題
1994年に日東科学が日東科学教材株式会社として再建され、1998年からS.F.3.D.シリーズの再発売を試みるが、その際にHJ誌が許諾しなかったためにMaschinen Krieger ZbV3000と改題され再び商品化がなされる。ただし人気アイテムの一つであったノイスポッター、及びその派生機であるクラッヘンフォーゲルは、金型の一部を紛失したため再発売出来なかった。その後MG誌において連載が再開するが、月刊単位の連載では無くなっている。現在でも多くのファンを持ち、ワンダーフェスティバルなどの模型イベントでも人気アイテムである。2006年12月末には「AFSSA E3C/E3CB ルナポーン」(装甲戦闘服A.F.S.の月面用派生機)が完全新規金型の1/20スケールプラスチックキットとして株式会社WAVEより発売された。2008年の静岡ホビーショーでハセガワが、年内発売を目標に 反重力装甲戦闘機ファルケでの参入を表明し、2009年3月に発売された。

