マシュー・フォンテーン・モーリー

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マシュー・フォンテーン・モーリー
人物情報
生誕 1806年1月14日
US flag 15 stars.svg バージニア州フレデリックスバーグ
死没 1873年2月1日
居住 US flag 15 stars.svgアメリカ合衆国
国籍 US flag 15 stars.svgアメリカ合衆国
学問
研究分野 海洋学海洋気象学
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ニューヨークにあるモーリーの胸像

マシュー・フォンテーン・モーリー(Matthew Fontaine Maury、1806年1月14日 - 1873年2月1日)はアメリカ合衆国海軍士官海洋学者、海洋気象学者。

経歴[編集]

1806年にバージニア州フレデリックスバーグで出生。早くに海軍士官となったが1839年の公務中に事故に遭い、足が不自由となり勤務不能に陥った。やむを得ずに関する資料をもとに統計をし航海、それに関する学問に役立てる業務をすることになった。海に関する学問が重要なことを1853年に第1回国際海上気象会議でアメリカほか10か国が参加しているなかで国際的な船舶気象観測資料の報告形式の統一、収集・交換等のシステムの確立を決めた。

1861年南北戦争が勃発し南部出身のモーリーは南軍海軍で参戦した。戦後は地元の大学の物理学教授になった。

親族[編集]

著書[編集]

  • 海洋の自然地理学と気象学(原題:The Physical Geography of the Sea and its Meteorology, 1855)

関連項目[編集]