マクファーランド比濁法

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マクファーランド濁度標準液。左から0.5、1、2マクファーランド。

マクファーランド比濁法(マクファーランドひだくほう)は、菌液[1]の生菌数濃度を濁度から推定する、微生物学の手法である。 主に菌液の生菌数濃度を調整する際に用いられる。

McFarland (1907)によって考案された。

特徴[編集]

菌液の生菌数濃度を調べる方法には、寒天平板に培養してCFUを求める方法や、血球計算盤法、コールターカウンター法、フローサイトメトリー法がある (清水 2006, §4.3)。 しかしながら、培養には少なくとも一晩を要するため、所要の生菌数濃度に菌液を調製して処理する場合などには適用できない[2]。 また、血球計算盤法は煩雑であり、機器分析は高価であり、そこまでの精度は不要である場合が多い。 そこで、即時に結果を得られ、それなりの精度で安価に行える本法が多用されている。 本法を用いれば、濁りを目で見比べるだけで[3]、おおよその生菌数濃度が推定できる。 この目で見比べるための標準液が、マクファーランド濁度標準液[4](McFarland standards)である。

標準液[編集]

マクファーランド濁度標準液は、1.0%塩化バリウム水溶液と1.0%硫酸水溶液を用事混合して調製する、硫酸バリウム懸濁液である。 塩化バリウムと硫酸の量を変えて、複数濁度の懸濁液を調製する。 たとえば、0.5番のマクファーランド濁度標準液を調製するのであれば、1.175%の塩化バリウム2水和物(BaCl2・2H2O)水溶液0.05mLと1%の硫酸 (H2SO4) 水溶液9.95mLを混合する。

マクファーランド濁度標準液[5]
マクファーランド濁度標準液番号 0.5 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
1.0% 塩化バリウム (mL) 0.05 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1.0
1.0% 硫酸 (mL) 9.95 9.9 9.8 9.7 9.6 9.5 9.4 9.3 9.2 9.1 9.0
生菌数濃度 (x 108 CFU/mL) 1.5 3 6 9 12 15 18 21 24 27 30
% 透過率[6] 74.3 55.6 35.6 26.4 21.5
吸光度[6] 0.132 0.257 0.451 0.582 0.669

菌液をこのマクファーランド濁度標準液と見比べて、濁度が最も近いマクファーランド濁度標準液の番号が、その菌液のマクファーランド標準濁度(McFarland standard turbidity)[7]である。 例えば、マクファーランド濁度標準液第2番と同じ濁度の大腸菌液のマクファーランド濁度は2マクファーランドであり、その生菌数濃度はおよそ6 x 108CFU/mLであることが推定される。 ただし、マクファーランド濁度単位はEscherichia coli ATCC 25922株で定義されたもので、同じマクファーランド濁度でも菌種、菌株によって生菌数濃度は異なることには留意が必要である (山根 2004) 。

論文では

  • マクファーランドNo. 0.5に調整した菌液を作成
  • 0.5 マクファーランドに調整した菌液を作成

といった言い回しが用いられる。 ここでいう調整とは、菌液が濃すぎる場合には滅菌済の当該溶液で希釈し、薄い場合には細菌を加えるような操作をいう。

マクファーランド標準液はもともと硫酸バリウム製だったが、現在では二酸化チタン製 (Roessler & Brewer 1967) やラテックス製 (Pugh & Heller 1957) も見られ、特にラテックス製のものは保存性と安定性に優れる (日本ベクトン・ディッキンソン 2007) 。

脚注[編集]

  1. ^ ここでいう菌液とは、細菌滅菌済の生理食塩水緩衝液、液体培地等に懸濁した液をいう。
  2. ^ 一晩培養している間に菌液の生菌数が変化してしまう
  3. ^ 濁りを比べる分析方法は比濁法と呼ばれ、懸濁液中の粒子が散乱した光を見て、標準液と比較して濁度を決定する用手法をいう (Mallette 1969) (日本ベクトン・ディッキンソン 2007)。目で見比べるほか、比濁計という光度計で評価することもある。
  4. ^ マクファーランド標準やマクファーランド標準液、マクファーランド比濁計標準とも。マクファーランドはマックファーランドとも。
  5. ^ マクファーランド濁度標準液番号1〜10の塩化バリウム、硫酸、菌数の数値は農業・食品産業技術総合研究機構動物衛生研究所九州支所 (2006)に依る。
  6. ^ a b 波長は600 nm
  7. ^ マクファーランド単位、マクファーランド濁度単位とも。英名はMcFarland unitやMcFarland degreeなど。McFという単位として扱う研究者もいる (Aarnisalo, Lundén & Wirtanen 2006)。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 清水, 範夫 (2006年11月20日), “微生物の生育と条件”, in 掘越, 弘毅; 井上, 明, ベーシックマスター 微生物学, オーム社, ISBN 4-274-20321-2 
  • 日本ベクトン・ディッキンソン (2007年6月), 比濁計BDフェニックス™スペック, http://www.bdj.co.jp/pdf/pi/111-440910-N-00.pdf 2009年1月6日閲覧。 
  • 農業・食品産業技術総合研究機構動物衛生研究所九州支所 (2006年4月3日), 菌液の濁度を表すマクファーランド比濁法について教えてください, 教えて!コーナー, http://www.sat.affrc.go.jp/joseki/Osiete/Osiete_QandA.htm 2009年1月6日閲覧。 
  • 山根, 誠久 (2004年12月13日), 菌数調整について, 質問箱, 臨床微生物迅速診断研究会, http://www.jarmam.gr.jp/situmon2/kinsuu-chosei.html 2009年1月7日閲覧。 
  • Aarnisalo, Kaarina; Lundén, Janne; Wirtanen, Gun (2006年7月10日), “Susceptibility of Listeria monocytogenes strains to disinfectants and chlorinated alkaline cleaners at cold temperatures”, Lebensmittel-Wissenschaft & -Technologie: LWT - Food Science and Technology (Swiss Society of Food Science and Technology) 40 (6): 1041-1048, doi:10.1016/j.lwt.2006.07.009, ISSN 0023-6438 
  • MacFaddin, Jean; 竹田, 美文; 藪内; 三輪谷 (1985年1月), 病原細菌の生化学的検査法 (原著第2版 ed.), 医学書院, pp. 430, ISBN 978-4-260-24297-4 
  • Mallette, M. (1969), “XV. Evaluation of growth by physical and chemical means”, in Norris, J.; Ribbons, D., Methods in microbiology, 1, New York: Academic Press Inc., pp. 521-566 
  • McFarland, Joseph (1907年10月5日), “The nephelometer: an instrument for estimating the number of bacteria in suspensions used for calculating the opsonic index and for vaccines”, The Journal of the American Medical Association 49 (14): 1176-1178, http://jama.ama-assn.org/cgi/content/summary/XLIX/14/1176 2010年10月2日閲覧。 
  • Pugh, T.; Heller, W. (1957), “Density of polystyrene and polyvinyl toluene latex particles”, J. Colloid Sci. 12: 173-180 
  • Roessler, W.; Brewer, C. (1967), “Permanent turbidity standards”, Appl. Microbiol. 15: 1114-1121 

外部リンク[編集]