マクシム・ショスタコーヴィチ

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マクシム・ドミトリエヴィチ・ショスタコーヴィチ: Максим Дмитриевич Шостакович / Maxim Dmitrievich Shostakovich, 1938年5月10日 - )は、ロシア出身の指揮者ピアニスト作曲家ドミートリイ・ショスタコーヴィチがニーナ・ヴァルザルともうけた息子。1975年から指揮活動を始め、父親の無名の作品を取り上げて有名になる。

人物・来歴 [編集]

モスクワ音楽院レニングラード音楽院の両方で教育を受けた後、ソビエト放送交響楽団の首席指揮者に就任した。1981年アメリカ合衆国に脱出した。ニューオーリンズ交響楽団香港フィルハーモニー管弦楽団サンクトペテルブルク交響楽団などを指揮している。父の作品の録音が多いが、ラフマニノフも得意としている。父のピアノ協奏曲第2番は、マクシムのために作曲され、彼の独奏によって初演された。

録音は、メロディアやコリンズ、スプラフォンなどのレーベルから出ている。特に父の交響曲第15番や、バレエ組曲「黄金時代」、「ボルト」、その他映画音楽の録音(メロディア)は評価が高い。スプラフォンからは、プラハ交響楽団を指揮したショスタコーヴィチ交響曲全集がリリースされている。

また、「2台のピアノのためのコンチェルティーノ」を父と共演した録音も残されている。

息子(ドミートリイから見れば孫)のドミートリイ・マクシーモヴィチはピアニストである。シャンドス・レーベルから、マクシム指揮、ドミートリイ2世のピアノ独奏によるショスタコーヴィチのピアノ協奏曲集のCDがリリースされている。