マギヌン・ラファエル・ファリアス・タバレス
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| マギヌン | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 本名 | マギヌン・ラファエル・ファリアス・タバレス | |
| ラテン文字 | MAGNUM | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1982年3月24日(27歳) | |
| 出身地 | パラー州 ベレン | |
| 身長 | 174cm | |
| 体重 | 72kg | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | 名古屋グランパス | |
| ポジション | MF | |
| 背番号 | 8 | |
| 利き足 | 左足 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 2001-2003 2004-2005 2006 2006-2007 2008- |
35 (6) ? (?) 5 (0) 38 (11) |
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2008年1月8日現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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マギヌン・ラファエル・ファリアス・タバレス(Magnum Rafael Farias Tavares、1982年3月24日 - )は、ブラジルのプロサッカー選手。Jリーグディビジョン1(J1)・名古屋グランパス所属。ポジションはMF。
目次 |
[編集] 来歴
ブラジルパラー州の田舎町ベレインの出身[1]。4人兄妹の長男として生まれ、11歳のときにトゥナ・ルーゾのジュニアチームに入団した[1]。高校を卒業するとトゥナ・ルーゾのトップチームに昇格した[1]。プロ入り後はトゥナ・ルーゾから2001年にパイサンドゥSCへ、2004年にECヴィトーリアへと上位チームに移籍を繰り返し、2006年に移籍したサントスFCでは半数の試合にスタメン出場するまでに成長した[1]。2006年半ばには日本の複数クラブからオファーを受け、7月に川崎フロンターレと半年間の契約を結び来日した[1]。
- 2006年シーズン
- 来日間もなくトップ下のポジションで起用され、チームフロントの目論見以上の活躍を見せた[1]。合流した7月以降の後半戦だけで19試合に出場し4得点を挙げ、川崎と翌2007年の契約を更新した。
- 2007年シーズン
- 開幕直後は好調だったものの、6月の肉離れによる離脱やポジション争いなどの影響もあり、年間で19試合の出場に留まった[2]。シーズン終了後、川崎は契約を更新しないことを発表し、名古屋グランパスと契約を結んだ[2]。
- 2008年シーズン
- 4-4-2のフラットな中盤の左サイドで起用され、右サイドを担当する小川佳純とポジションチェンジを繰り返しながら攻撃の中核を担うこととなった。6月の不祥事(後述)による謹慎で一時離脱したがリーグ戦28試合に出場し、リーグ戦3位とACL出場権獲得に貢献した。
- 2009年シーズン
- 4月22日、ACL予選リーグニューカッスルで怪我を負い、2か月の長期離脱となった[3]。
[編集] プレースタイル
豊富な運動量を武器[1]に、主に攻撃的なMFでのプレーを得意とする。攻撃面では攻撃の組み立てだけではなくFWのような役割もこなし、守備面では豊富な運動量で相手のパスコースを潰す動きも見せる[1]。高いテクニックが持ち味で、得意とするキープ力のあるドリブルだけではなく、鋭いパスでも相手チームに脅威を与えることができる[4]。
中盤で幅広くプレーに絡むため、チームにリズムをもたらす存在[5]。チームに及ぼす影響は大きく、マギヌン不在の試合ではチーム自体がプレーに精彩を欠くほど[5][3]。
[編集] エピソード
- アマゾン川河口の街で生まれ育ったためか「ピラニアに噛まれたことがある」と噂されたことがあったが、これは本人が否定している[4]。
- "マギヌン"の名前の由来は、彼の母親が見ていたアメリカのテレビドラマ「マグナム」から。ブラジルでも珍しい名前である。[要出典]
- ゴール後には蟹股になり無作為に揺れる通称「マギヌンダンス」を披露する。これは幼い頃に「カニ」と呼ばれていたことに由来する[6]。パフォーマンスが浸透してくると、川崎のサポーターもマギヌンの応援歌にマギヌンダンスを取り入れた(具体的には、手の中指と薬指の間を開いてカニの爪の様にし、左右の手を交互に上げ下げする)。[要出典]
- 2008年6月25日、急病の飼い犬(シュナウザー[要出典])を連れて自動車で動物病院に向かう途中、愛知県日進市の交差点で一時停止標識を無視したために愛知県警に検挙された。マギヌンはブラジル国内での運転免許は取得していたが、検挙時に日本国内での運転に必要な国際運転免許証を取得・携帯していないことが発覚し、「無免許運転」であるとされた。これを受けてグランパスはマギヌンを28日の試合を含む自宅謹慎処分とし[7]、7月1日に本人の謝罪文の要旨とともに信頼回復のための社会貢献活動を行うこと、選手・スタッフ全員に交通安全講習会を実施し再発防止に取り組むことを発表した[8]。
- 彼の両腕には、自身の子供の名前のタトゥーが彫ってある。[要出典]
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| ブラジル | リーグ戦 | ブラジル杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 2001 | パイサンドゥ | 0 | 0 | ||||||||
| 2002 | パイサンドゥ | 5 | 1 | ||||||||
| 2003 | パイサンドゥ | 30 | 5 | ||||||||
| 2004 | ヴィトーリア | 30 | 1 | ||||||||
| 2005 | ヴィトーリア | ||||||||||
| 2006 | サントス | 5 | 0 | ||||||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2006 | 川崎 | 11 | J1 | 19 | 4 | 2 | 1 | 2 | 0 | 23 | 5 |
| 2007 | 川崎 | 11 | J1 | 19 | 7 | 2 | 0 | 2 | 0 | 23 | 7 |
| 2008 | 名古屋 | 8 | J1 | 26 | 8 | ||||||
| 通算 | ブラジル | ||||||||||
| 日本 | J1 | 64 | 19 | 4 | 1 | 4 | 0 | 46 | 12 | ||
| 総通算 | |||||||||||
| 国際大会個人成績 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 |
| AFC | ACL | |||
| 2007 | 川崎 | 11 | 7 | 3 |
| 通算 | AFC | 7 | 3 | |
[編集] 脚注
- ^ a b c d e f g h 川崎フロンターレ. "F-スポット - ピックアッププレイヤー 弾丸~マギヌン~". 2009年7月10日 閲覧。
- ^ a b 中日スポーツ (2007年12月17日). "マギヌン(川崎MF)獲得". 2009年7月10日 閲覧。
- ^ a b 中日スポーツ (2009年6月26日). "マギヌン、2カ月ぶり実践復帰". 2009年7月10日 閲覧。
- ^ a b 中日スポーツ (2008年3月5日). "マギヌン、ピクシー色に染まります ドリブルよりパスに重点". 2009年7月10日 閲覧。
- ^ a b 日刊スポーツ (2008年9月24日). "名古屋首位陥落、後半まさか2失点". 2009年7月10日 閲覧。
- ^ テレビ朝日系『やべっちFC』
- ^ i.asahi.com (2008年6月25日). "マギヌン選手が無免許運転 J1名古屋、自宅謹慎に". 2009年7月10日 閲覧。
- ^ 日刊スポーツ (2008年6月28日). "名古屋幹部がマギヌンの不祥事で謝罪会見". 2009年7月10日 閲覧。
[編集] 関連項目
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