マキシム・フェルハーヘン

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マキシム・フェルハーヘン
Maxime-verhagen-portret.jpg
生年月日 1956年9月14日(57歳)
出生地 オランダマーストリヒト
出身校 ライデン大学(歴史学修士)
現職 政治家、歴史家
所属政党 キリスト教民主アピール
配偶者 アンネミーケ・ベイレフェルト(1984年結婚)
公式サイト [経済・農務・イノベーション担当省 ]
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マキシム・ジャック・マルセル・フェルハーヘンオランダ語: Maxime Jacques Marcel Verhagen1956年9月14日 - )は、オランダの政治家。キリスト教民主アピール (CDA) 所属。ルッテ内閣で副首相と経済・農務・イノベーション担当相を兼ねる。

生い立ち[編集]

マーストリヒト出身。1986年、ライデン大学から歴史学修士号を取得。大学在学中は左派急進主義と右派自由民主国民党 (VVD) の双方に関わった。1976年、CDA入党[1]

経歴[編集]

CDA所属のウストヘースト市議から1989年に欧州議会議員に当選、1994年まで務めた。後に第二院議員に当選。2002年7月11日にCDAの第二院院内総務になった。2007年に発足した第四次ベルケネンデ内閣で、ピーテル・ファン・ヘールの後任として外務相に任命された。労働党所属大臣の一斉辞任後は、一時的に開発協力相も兼務した。

2010年の総選挙で、CDAは大敗した。バルケネンデ首相は即日辞任、フェルハーヘンも院内総務職に戻った。2010年10月14日からはルッテ内閣のもと、経済・農業・イノベーション担当相と副首相を兼務する。

ローマ法王特使のモンシニョール・フランソワ・バッケがオランダに来訪した折は、同性愛者の権利擁護団体の要請から同性愛者の権利に否定的なカトリック教会を非難した[2]。一方、問題発言で知られる聖ピオ十世会リチャード・ウィリアムソン司教の破門が浮上した際はこれに懸念を表明している[3]

福島第一原子力発電所事故後も、フェルハーヘンは原発建設の姿勢を変えていない。

勲章[編集]

  • ベルナルド・オイギンス勲章第二等(2007年)
  • メリット勲章金章(2010年)[4]

脚注[編集]

  1. ^ “Verhagen in voetsporen van De Hoop Scheffer”. NRC Handelsblad. (2002年7月11日) 
  2. ^ Lifesite article
  3. ^ Netherlands urges pope to condemn Holocaust denier
  4. ^ (オランダ語) Ereteken voor Verdienste voor vertrekkend bewindsman Verhagen

外部リンク[編集]

党職
先代:
ヤン・ペーター・バルケネンデ
キリスト教民主アピール 第二院院内総務
2002年 - 2003年
次代:
ヤン・ペーター・バルケネンデ
先代:
ヤン・ペーター・バルケネンデ
キリスト教民主アピール 第二院院内総務
2003年 - 2006年
次代:
ヤン・ペーター・バルケネンデ
先代:
ヤン・ペーター・バルケネンデ
キリスト教民主アピール 第二院院内総務
2007年
次代:
ピーター・ファン・ヘール
先代:
ピーター・ファン・ヘール
キリスト教民主アピール 第二院院内総務
2010年
次代:
シブラント・ファン・ハールスマ・ブマ
官職
先代:
ベン・ボット
外務相
2007年 - 2010年
次代:
ウリ・ローゼンタール
先代:
ベルト・クンデルス
開発協力相
2010年
次代:
廃止
先代:
マリア・ファン・デル・フーフェン(経済相)
ヘルダ・フェルブルフ(農務・自然・食品品質担当相)
経済・農務・イノベーション担当相
2010年 -
次代:
現職
公職
先代:
アンドレ・ラウフト
副首相
2010年 -
次代:
現職